B-1
平日の昼間、日差しの中を私は制服で歩いている。先日、一学期の期末試験が終わった。我が高校はそれにより授業は午前中で終わり。夏休みまでこんな日々が続く模様だ。しかし、高校三年生となると事情は若干変わって来るはずだ。しかし、私はそんな中にあって更に事情が異なっている。
ややこしい話になるので思い出したくもない。もう上手く考えることも出来なくなりそうだ。とにかく、高校三年生の私、中山遥香は猛烈にやる気を失っているのだ。この状況は幸いかもしれない。昼食を食べるでもなく、どこかに遊びに行くのでもなく、部活動に精を出すのでもなく、自らの目標に向かって行くのでもなく、ひたすら道を歩いている。受験だ就職だと言われても、それらにまったく力が入らない。
「あ、この曲知ってる」
元気が戻った。
私は考え事をしながらショッピングセンターに足を運び、様々な店を眺めまわしていた。ふと、店内に流れる音楽から知っている曲が流れ、私が好きな曲であることも相まって、私に元気を取り戻させてくれたのだ。
「私、何に悩んでいたんだっけ?」
歩きながらも、そう呟いてしまった。何歩目かで思い出す。私の家の状況がよろしくないのだ。経済的というのか、社会的というのか、その全てに問題があり、それがじわりと首を絞めるかのように進行している。私にはそう感じられた。これは、私の問題だが、私の責任と言う訳でも無いだろう。どうすればいいのか解らないまま時間が過ぎていく。
「ちょっとはお互いの話を聞けってんだよなぁ」
やや大きめに声に出してしまった。一人でベンチに座り、落ち込んでいた。
「私も、話していないし、聞いても居ないか……」
続けてそう呟いた。仮に、何かを話すことが正解だったとして、何を話せばいいのだろう? 私は両親の事をあまり知らなかった。あの人達、趣味は何なの? どんな仕事をしているの? いつも、何してるの? 辛くないの? 楽しい事はあるの?
「あ、これも知ってる」
私の思考は遮られ、中断した。再び店内放送から私の知っている曲、好きな曲が流れ始める。私は何を考えていたのかも忘れてしまった。自動販売機でアイスコーヒーを買って飲む。
「美味い」
最近の自動販売機は随分と進化している。いつの間にこんなに凄い事になったんだろう? 種類は多い、濃さの調整が出来る、扉は自動で開く。もうかつて描かれていた近未来が実現してるんじゃないの? まあ、かつての時代からすれば現在は近未来なんだけど。
私の気分は上向きつつあった。そして歩くほどにいい気分になって来る。こう言うものは習慣の力だろうか? 私はショッピングセンターに存在する書店に向かっていた。帰り道にはここに立ち寄ることが多かったのだ。ここでいくつもの本、物語と出会ってきた。今日も好い出会いがあるだろうか。
「あ」
私が書店に足を踏み入れようとした辺りで、何度目かの出会い、再会があった。つまり、知っている曲が私の耳に届けられた訳だ。そのまま私は硬直してしまった。その歌は英語の歌だが歌詞の意味は知っていた。
私のSOSが聞こえないの?
そんな意味だった。私は胸にずしりと来る何かを抱えながら足を動かし、本屋の中へと踏み込んだ。踏み込んだものの、私はまさに右往左往と言った形で歩き回り、何も買うことなく、何も手にすることもなく立ち去った。その後、駅で電車を待つことになった私。胸に来たずしりと、ジワリと広がる何かを集めることに身を任せた。要するにボーっとしていたのだ。
その時、私の脳裏に浮かんだビジョンは大体こんなものだ。
最近、私は母の部屋からアニメ映画のBDを発見した。母の部屋を訪ねる用事があったからだが。
(お母さん、あんなの見るんだね)
(意外だよ)
(そんな趣味があったんだ)
(いいじゃん)
(友達になれそう)
などと考えたこともあったのだ。その後、私は家に一人でいる際に、母の部屋に忍び込み、そのBDを自室に持って帰り、プレイヤーで再生してしまったんだ。出来心というものだろう。何だか綺麗な絵が動いていたという印象だった。シリーズものの続編が映画化されたもののようで、私は元のテレビシリーズを知らないから、謎の展開が溢れるばかりであった。
そんな中に私が強く惹きつけられた場面があった。図書館が出てくる回想だった、と思う。手続きに不安があった登場人物に、貸し出しカードの作成を手伝ってくれた。そんなシーン。
「本日もご乗車いただきまして、誠にありがとうございます。間もなく―――」
車内アナウンスで我に返った。ボーっとしている内に電車に乗り、座席に座っていたようだ。そして次が私の降りる駅。カバンを持って立ち上がり、ドア付近に向かって行った。
(これから、どうしよう)
ドアが開き、私は電車から降りた。見慣れた駅のホームと人の流れ。私もその流れに混ざりながら、
「図書館に行こう」
と呟いた。そして実際に図書館に向かって歩き出していた。
その図書館は駅から少し歩く距離だが、それほど遠くと言う訳でもない。その近くには小学校やら中学校やらがある。私が色々と思索を続けていたせいなのか、図書館にたどり着くころには、ちびっこや青少年がちらほらと道に溢れ始めていた。私はその流れを横切りながら図書館へと足を踏み入れた。
「こんにちは」
「あ、はい。こんにちは」
図書館の職員さんが私に頭を下げる。私も頭を下げた。どうもこう言うのは苦手だ。悪い気分と言う訳では無いが、なんだか苦手だ。胸の辺りがムズムズしてしまう。歩くほどに「私、何しにここに来たんだっけ?」という考えが強くなった。何か読みたい本でもあったのか? それが思い出せない。この歳にして認知症予備軍になってしまったのか!?
「週休五日ってどうやったら出来るんだ?」
「そ、そんなこと言われても……」
何ィ!?
という想いで声が聞こえた方を向く。そこには小学生と思しき子供が二人、机に向かい何かを話し合っていた。
私にはこんな状況は珍しかったと思う。何しろ人が全然居ないのだ。今、この図書館に居る人間は、図書館の職員が数名、私、あの二人のクソガキ……じゃなくて子供。あの二人も小声で話しているのだろうが、こんな状況ゆえに私には聞こえてしまったのだ。私は腹立たしさを抱えつつ、その二人に近付いていく。本を探す仕草を取ることは忘れない。
「おもちゃ製造業とかって、遊んで働いているってことだよな?」
「何でそうなるの!?」
(そうだよ! 何でそうなるんだよ! そういう人達って、その、大変なんだぞ! そう聞いたんだよ私は! どこで聞いたか忘れたけど!!)
密かにだが、二人の小声会議に私も参加することになってしまった。
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