A-2

 下駄箱から靴を取り出し、上履きを放り込む。そうして、外へ向かって歩き出した。


(それにしても、先生は何で僕にいきなり聞いてきたんだろう?)


(まあ、そんなこともたまにはあるか。たまに、ならいいんだけど)


 考え事をしながら歩いていると、


「おーい! ゆうー!」


 僕を呼ぶ声がした。


「あ、てっちゃん」


 振り向くと友達の顔が目に入る。僕は手を挙げて応えた。すぐにてっちゃんは靴を履いて僕のところまでやってくる。


「なあ、悠。図書館に行って今日のプリントのこと、何かやるつもりなんだよな?」

「え?」

「違うの?」

「い、いや、違わない。そのつもりだった」

「そうか、よかった」


 てっちゃんはそう言ってた後に「一緒に行こう」と言い、半ば強引に僕と共に歩き出した。僕はそれも良かったが、どうにも心の中にモヤモヤしたものが膨らんでしまっていた。


「ね、ねえ。どうして僕が図書館に行くってわかったの?」

「え? それは、その……」


 てっちゃんは少し空中に視線を泳がせてからこう言った。


「何か、あの授業の後、悠の様子がおかしかったから。ちょっと面白い部分もあったんだけど。それで時々見ていたんだ。昼休みの辺りで


『図書館なら、静かだろうなぁ』


 なんて呟いていたから、もしかしたら、と思って」

「あ、そうなんだ……」


 当の僕はそんな呟きを漏らしたことを全く覚えていなかった。恥ずかしいものと、少し気が楽になったような気分が混ざり合い、楽な気分が勝って行った。


 そんな気分のまま図書館に入ると、閑散としていた。今日の僕にとってはとても良い環境だ。カウンターに居る職員さんにペコリとお辞儀をして、丁度いい机に僕とてっちゃんで腰かけた。


 こちらも見事なまでに人が居ない。本当は図書館で話し合うのはダメだけど、こんな状況なら少しは見逃してくれるだろう。


「なあ、どうやってあんなことを思いつくんだ?」

「あんなことって?」


 僕らはひそひそ声で語り合う。


「週休五日ってやつだよ。俺もそうなったらいいな、とは思ったけど急にあんな答えが出るのって凄いぜ。どうやるんだよ」

「どうやるって言われても、なんかこう……自然に……?」

「ふーん。まあ、いいか。とにかく、俺はさ、そのアイディアに乗っていこうと思うんだ」

「え?」

「週休五日ってどうやったら出来るんだ?」

「そ、そんなこと言われても……」


 僕らはその方向に向けて話し合い、ノートに書きこみ、それっぽい事が書かれていそうな本を探したりしていた。しばしの後、僕らは机に向かい、小声で話し合い始める。


「おもちゃ製造業とかって、遊んで働いているってことだよな?」

「何でそうなるの!?」

「だって、そういう感じだろ? アニメとかのキャラを商品にするんだから、楽しくやれそうじゃないか」

「それはそうかもしれないけど、遊んでどうにかなる事じゃないと思うよ」

「じゃあ、遊んでお給料をもらうにはどうすれば良いんだ?」

「さあ?」

「うーん。難しいな」

「こう、おもちゃが働いてくれればいいんじゃない?」

「ほおう!?」

「そんなに、乗り出さないでよ」

「詳しく、教えて!」

「えーと、そのおもちゃ製造業に関わって、おもちゃの機能を強化する」

「ふむ」

「人間の助けとなったり、自動運転なんかが出来ればいいんじゃない?」

「それ、おもちゃって言うよりロボットだろ?」

「それもそうなんだけど、とにかくロボットの機能と制御プログラムを強くする。そうすれば、どうにかならない? 僕らがするべき仕事をみんなやってもらえそう」

「うーん……仮に、そんな仕事に就けたとして、実現するのはいつごろのこと?」

「かなり先だろうねぇ」

「週休五日は?」

「むずかしそう」

「じゃあ、どうしよう」

「わからない」


 二人して頭を抱えてしまった。ちょこちょことメモしていたものを眺めつつ、プリントに書くべきことを話し合ったり、アイディアを出し合ったりしていく内に、僕らはアニメの話に移行していた。こんな状況だから小声でも話していられるわけだが、ちょっと楽しくなってしまった。もう、プリントのことは頭の片隅に追いやられていた。


 でも、何か変な感じがするんだ。こう、僕の首の後ろのあたりに「ピキッ」とするような何かが当たっているような。時々、手で首をさすってみたけど、何も無い。ただ、その感覚は僕にぶつかり続けている。一体何だろうか? もしかして、誰か後ろに居たりするの? そんな風に思い振り向くと、


(ひゃあ)


 小声で叫んでしまった。僕達から少し離れた場所に一人の女性が座っていた。その人とは離れながらの背中合わせ状態だ。


「てっちゃん」

「何だ、急に小声になって」

「う、うしろ。人が、人がいるよ」

「うん?」


 てっちゃんは、チラッと後ろを見てから、


「大丈夫だろう? 今まで通り小さく話していれば」

「で、でも……」

「軌道修正しようぜ。とりあえず、プリントに何かまとまったものが書かれていればいいんだろう? そっちに向かおう」

「え、えーと。それが難しくて……」

「俺も難しいから、とりあえず何かを……」


 てっちゃんと話し合い、思考を巡らし「大体こんな感じにしよう」というものが出来上がった。もう少し手を加えれば読めるものになりそうだった。その話し合いの状態でも、背後から「ピキッ」とした何かは飛んできた。時間が進むにつれてそれは頻繁になっているようだった。音になって聞こえるかのようだった。


「てっちゃん。もう四時半だよ。帰ろう」

「あ、ああ。そうだな」


 僕らは荷物をまとめて、席を立った。歩き出す際には、例の女性の方をチラッと見た。あの制服は、きっと高校生だ。綺麗な人だ。それに姿勢がほとんど変わっていない。一心不乱に本を読んだり、何かを書いたりしているようだ。


(集中力が高いんだな)


(僕とは違う)


 そう思いながら図書館を後にした。


「悠、ありがとな。助かったぜ」

「う、うん。僕もだよ。ありがとう」

「また明日な」

「うん。バイバイ」


 僕はてっちゃんと別れ、家に向かう。部屋に戻ってから天井を睨み、しばらくそれを続けた後、自室の机に向かった。最初の部分だけでも書いてしまおうと思ったのだ。プリントとノート、鉛筆を取り出し、考えを文字にのせてみる。


―――――


 僕は、週休二日制度が浸透した時代に生まれ、育ってきたので、それが当たり前なのだと思ってきました。昔は違った、という話は聞きますが、それはいい意味で語られているのでしょうか? 悪い意味で語られているのでしょうか? 僕には解りません。ただ、思う事があります。この先もこの制度がずっと存続していくとは考えられない、ということです。もちろん、良いものは後々まで残していくべきでしょう。ただ、そんな風に語られて前に進めないこともあるように思うのです。


 私事ですが、僕の部屋は若干散らかっており―――

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