キラキラリア
抜十茶晶煌
A-1
ちょっとした出来心、とでも言うのだろうか。
僕は父の部屋に忍び込み、そこに存在するものを眺めまわしていた。本やら何やらが積まれ、ほこりがかぶっているものもある。DVDというのかBDというのか、そんなものの中から一つを手に取ってみた。そしてそれを自室に持って帰り、再生機器に入れてみる。読み込み音が小さく響きながら画面には読み込み中の表示が出る。そして、そのディスクに記録された映像が再生された。
「おお!?」
などと声に出してしまった。こんなことは本来驚くには当たらない。自分用に買ってもらった映像ソフトも幾つかある。しかし、こんな体験にも胸が躍った。きっと、僕はそういう年頃なんだ。もう11歳だけど。
とにかく、こっそりと手に入れ、じっくりと最後まで観て、そっくりそのまま元のままに戻しておいた。気付かれることは無いだろう。無いはずだ。ここまでの事が僕の出来心によって起こった。そんなことなのだろう。こういう事を僕はよく見ている。子どもと言うのはこんな悪戯をするものなのだ。僕は今までやったことは無い。今回が初めて。
それはそれとして。僕の困った特性と言うか特技というか、そんなようなものがある。映画の思い出を語る際には序盤やクライマックスや結末を語ることが少ないのだ。唐突に「あの〇〇が良かった」などと言ってしまう。聞いている人の顔はやや険しくなる。それは、そうだと思う。急にそんなシーンを持ち出されても解らない。僕も解らないと思っているのだが、語ろうとするとそうなってしまう。つまり、興味の対象が人と違う、というよりも変な部分に偏っているのだろう。
先ほどの父所有の映画の場合、今回の場合は、
一人の老戦士が突如苦しい顔をして座り込む。心配する若者。そして「何か恐ろしい事が起こった」と言う。
そんなところ。何故かは僕にも解らない。
プレイヤーもといゲーム機の画面と向き合い、夕焼けの空を窓から見る。気が付くと僕はマンガを読んでいた。ベッドに寝転がりながら「ダッハハ」などと笑う。そう言えば、父は何故日曜日に家に居なかったのだろう? まあ、そんなこともたまにはあるだろう。日本は働き方を変えるべき時に来ていて、世界情勢は大きく変化しているらしい。その内、週休三日になるんじゃない? もう週休五日くらいでもいいんじゃないかな? マンガを読みながら、時々そんなことを考え「ブッヘハ」などと声に出していた。
「ゆうーっ!」
「ひゃい!」
下の階から母の声がした。僕の返事は何か変だった。
「ごはんだよー!」
「は、はーい」
そう返事をしてベッドから跳ね起きた。マンガをヒョイっと放り投げ、僕はドタドタと階段を降りていく。
夕食の席では母の話とテレビ画面を交互に見つつ、箸を動かし口を動かしていた。料理が不味いとかそう言う訳では無いのだが、どうにもこうなってしまう。どこか、ボーっとなっているような、なっていないような。テレビの内容について語る母。僕の最近の事について聞く母。自分の近況を語る母。僕は時々「あ、うん。そうだね」などと答え、箸を動かし、口を動かす。母の料理は美味しいし、僕も楽しさを感じて話していた。そんな日曜日の夜の風景だった。
部屋に戻り、ゲームやマンガやテレビや動画サイトなどで残りわずかとなった休日を過ごす。その頃になって「なんか変なんだよなぁ」という気分が強くなってきた。母と一緒の時には思い浮かぶことも無かったものだ。しかし、最近こんな状態が多いように思う。父も母も家の為、家族の為、僕の為に働き、家事をこなしてくれている。それは有難いことなのだ。ただ、僕のこの一人の時間において、父と母との差とでもいうような何かがうごめいている。父と母、というより、僕と日本、あるいは僕と世界との差かもしれない。
それが何であるのか、というものは言葉に出来ない。というより、形もぼんやりとしてしまってイメージも出来ない。そんな想いを抱きながら、時間が過ぎ去ってしまった。お風呂に入らなくては、と思いながらベッドから跳ね起きて歩き出した。その時、マンガ本を足で蹴飛ばしてしまった。
「あれ? ここにあったんだ!」
僕はそのマンガ本を拾い上げ、ベッドまで持っていく。部屋の入り口を見つつ、僕はマンガ本を開いた。さっき読んだ部分はこの辺だったような……
しばらく後、僕は湯船の中で「部屋を掃除した方がいいかも」などと考えていた。その辺りで、例の「差」というものについて少しだけ思い至った。母はテレビに反応しつつ「最近の人はテレビを見過ぎ」などと語っていたのだ。その時、僕は「うん、そうだね。あはは」などと言って母の意見に賛同していたのだが、今にして思えば、夕食の際にテレビを点けたのは母だった。とは言いつつも、僕もテレビ無しで過ごすのも寂しいような気もする。自分から進んで消そうとは思わない。だが、母の呟き、世の中の呟きからすれば、僕も何かをしなければならないような……気もする。
そして結局何の決断もしないまま、部屋に戻って来た。明日は学校だ。嫌だけどしょうがない。しょうがないけど、どうにかしたい。どうにかしたいけど……
などと思いつつ、ベッドに入り部屋の電気を消した。目を閉じて思う。
(今日は色々と冒険をしたような気がする)
(……)
(何をしたんだっけ?)
(確か……)
(お父さんの部屋に忍び込んで……)
(少し探りを入れて……)
(映像ソフトを拝借して……)
(僕の部屋で……)
夜と朝の狭間で、僕に老戦士が語り掛けたような気がした。●●を信じるのだ、と言われたような。朝の動きに、流れに呑まれ、僕は動いていく。
嫌な予感がする時がある。不意に、そう感じることがある。本当に稀に、しかし割と頻繁に起こるような気もする。とにかく、今日の朝、僕が教室に入った時にそれが来た。そして、その予感は当たってしまった。まあ、時々あることだから慣れてはいる。しかし、お腹の辺りが少し痛い。
「近頃の社会は変化が大きくなっています。特に働き方はその中でも予測不可能さが増しており、この先どうなるか全くわかりません。そこで、小学生ながらもみんなにはこの先のことについて少しだけ考えてもらいたいと思います。さて、何をしてもらうかといいますと―――」
先生は黒板の前に立ち、そんなことを言っていた。要するに、この先の働き方がどんなものになるかを自分で調べて配られたプリントに書き込んで提出する。そんなものだった。
僕は、こういう形式のものは苦手だ。穴埋め問題とかなら結構出来るんだけど。
僕は、名前と出席番号以外はまっさらなプリントを重苦しい心持で睨んでいた。すると、
「では、竹内悠くん」
「へ!?」
素っ頓狂な声を上げて先生の方へ眼を向ける。先生はニコッと笑いながら、
「どうすればいいか、適当に答えてみて」
「いや、その……」
もぞもぞと口を動かしつつ、答えを捻り出そうとするものの、どうすればいいか解らずに口をパクパクさせるのが精一杯だった。
「こういうのはね、思い付きでもいいの。それを基に組み立ててもいいものなの。さあ、何が思いついた?」
「そ、それは……」
教室の中で、極稀に感じることの或る静寂。それに圧されつつ、僕はこんなことを言ってしまった。
「週休五日になることもあるかと思うので、それに備えようと思います」
教室には笑い声が響き、所々に僕への罵声というのか馬騰と言うのか、そう言ったものが含まれていた。僕も「ハハハ……」と力なく笑いその場を乗り切った。酷く落胆しつつ、その時の疲れは放課後まで残ってしまった。結局、来週までに調べておくことになったが、どうすればいいか解らない。今日はもう学校には居たくなかったので、少し先にある市立図書館まで行くことにした。今日はそこで過ごすことにしよう。
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