マス・トリック1(不思議な賭け)

@stdnt

第1話

直角三角形の斜辺の長さの2乗は、他の二辺の長さの2乗の合計と一致します。

(「三平方の定理」あるいは「ピタゴラスの定理」といいます。)


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週末、東京に出張でやってきた二人のサラリーマンが、

仕事の終わりに居酒屋にいき、二次会はカウンター・バーにくりだした。


そのバーは、まずまず規模が大きく、ビリヤードの台があり、

カウンターは、フロアの隅の南と東のコーナーに沿ってL字型になり、

さらにL字型の両端を結ぶ形でカウンターが橋わたししてあるという構造だ。

つまり、カウンターは、ビリヤードの台にへこまされたような三角の形で

フロアの片隅に存在していた。

カウンターの中ではバーテンがシェーカーを振っている。


二人は東に面した夜景を背にして、スツールに腰かけた。

二人が座った東面のカウンターには固定式の8つのスツールがあり、

それぞれで客が談笑している。


二人はまだまだ飲み足りず、二人ともギムレットをオーダーした。

ギムレットにはまだ、早すぎるようにも見えたのだったが。


キムレットをひとなめして、女性客を一通り品定めしてから、一人が言った。

「なあ、ここでひとつ、賭けをしないか。」

バーでできる面白いことといったら、

マジック、賭け、ナンパといったところだろう。

とりわけ前二者は後者につなげるための重要な楽しみのはずだ。

「いいね。どんな賭けをするんだい?」

もう一人が応じた。


「向こう側のカウンター、あるだろ。

あっちのカウンター、何人、座れるのかな?」

賭けを持ちかけた方が、バーテンを挟んだカウンターを指差した。


「なるほど、そういうことね。」

そういってもう一人が考え始めた。

「うちらのいるカウンターはこの長さで8人。長さから推察するわけだな。」


「ヒントはまだあるぞ。」

そう言って、持ちかけた方は南面のカウンターを指差す。

南面のカウンターは満席で、

15人の若い男女が甘く楽しくさえずっている。


「ふむふむ、あっちはあの長さで15人か。」

もう一人は納得。

「で、何を賭ける?」


「そうさな。ここの勘定も魅力的だが、

向こう側の端にいる、あの女性グループ、あそこに声をかけるってのはどうだい?」

賭けるものは決定した。


長さから推測した一人は、「だいたい、20席。よし、20席だ。」と賭ける。

持ちかけた方、「俺は17席だ。」と賭けた。


東京の週末。夜も盛り上がってきた。

カウンター・バーも盛況である。

向こう側のカウンターもお客でうまり始めている。


ギムレットを追加して、二人は

エンジンの回転数を上げていく。

なにしろ負けたらナンパの刑だ。


・・・


いつしか飲み物はウイスキーの水割りになっていた。

そうして、カウンター向こう側の端、17席目の女性に声をかけている男が一人。




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