3.シュエット
オスカー達との作戦会議が終わると、アズールはすぐに行動を始めた。
会議の途中でやってきた、魔法研究所の所長でティメオの双子の弟であるナタンや、第三騎士団の団長も既に動き出していることだろう。
余談だが、ライヒ王国の騎士団は第一~第九まであり、第一は近衛騎士、第二と第三は貴族や外国の要人の警護。第五は王都の警備、第六騎士団は天馬騎士、第七は竜騎士、第八は魔士達が集まっている。別名魔法研究所。
では、第四騎士団は何なのか。
答えはアズールが向かった彼らの詰所にあった。
その他の騎士団の詰所と外見は変わらない。が、醸し出す雰囲気が異様であった。
他の詰所では非番の騎士がポーカーやチェスをして遊んだり、突然稽古を始めたり、騎士達が忙しく動いていて活気がある。
しかし、第四騎士団の詰所からはそういった活気が感じられない。それは彼らの業務内容がなせる技なのか、ここに配属される騎士は皆そうなのか、アズールも未だにわからない。
「クラリス」
「ここに」
カーテンで陽が入って来ない上に灯りもついてない、誰もいない執務室の椅子に座り、副団長の猫族を呼ぶ。闇から音もなく現れた彼女は冒険者ギルドの受付嬢クロエの姉である。
白と黒の執事服を見に纏い肩あたりまでの茶髪を後ろで結び黄色の瞳にモノクルを付けている彼女は、男と間違われることも多い。
「ダニエル殿から指令が出た。人攫いの件、明日の朝までに終わらせる。私のカゲワタリを一個体ずつ"君達"につけるから、攫われた子供達と関係者全員を見つけ出して。特に、フェンリル族の少年を最優先に」
「「「はい」」」
アズールとクラリスしか居ないはずの部屋にもっと多くの声がこだまする。
次の瞬間、一瞬だけ感じ取れた気配が一斉に消えた。クラリスもその姿を消している。
「相変わらずね……」
再び1人になったアズールが呟く。
第四騎士団団長である彼女にとっても、彼らは謎に包まれた存在であった。
今言ったカゲワタリ以外にも常に別のカゲワタリを付けているぐらいには、信用ならないもの達。腕は確かだし、国王に忠誠を誓っているから大丈夫だと思うのだが。
ここの団長に就いて初めて行った訓練や失敗を責めるのが厳しかったかもしれないと、今更だが反省する。"アレ"はさすがにやり過ぎだったと思った。
アズールは知らない。
彼女の前では本性を出さない彼らのそれを知っているオスカーや他の騎士団長達は、彼らのことをこう呼ぶ。
"重度の変態かつ異常なほどの狂愛をアズールに捧げている集団"
要は、彼らはアズールのことが大好きなドMなのね、と言ったのはルーシーである。
『アズール様』
カゲワタリを通して、クラリスから連絡が入る。
もう何かわかったのかと身構え、彼女の次の言葉を待つ。
『フェンリルの少年を含む、攫われた子供達の居場所が判明しました』
『随分と早いのね』
想定内ではあるが、やはり彼らは優秀である。
ダニエルが長であった
しかし、結局は王に押し切られ、こうして団長をやっているのだった。
『最初にカゲワタリ達を放ってくださったので』
『君達の力もあるよ。それで、どこに?』
少しの間があった後、驚きのある場所が告げられた。
『……了解。もうわかってるだろうけど、犯人とその関係者を捕らえる下準備をよろしく』
『はい』
アズールは迷いのない足取りでその場所へと向かった。
❁❁❁❁❁❁
その頃、アズールの友人であり、この国の第二王子であるジーク─ジークフリートは王宮の図書館へ向かっていた。
いつも一緒にいる2人は今は別行動である。エドガーは引き続きレナやルーシーの護衛、アレンは魔士達と合流してこの街に張るある結界の準備を進めたり、計画を詰めたりしている。
アズールがジークに頼んだことは、フェンリル族についての文献を探し出すこと。彼女ならばジークを通さずとも図書館に自由に出入りできるのだが、さすがに王族にしか教えられない秘密の部屋には入れない。
彼女は図書館にある読める範囲の書物を全て読んでいるが、それでもその中にフェンリル族に関する詳しい記録はないのだろう。
地味な役回りだが重要なのだと言い聞かせ、図書館へ通じる渡り廊下を歩いていた時だった。
「あら、こんな昼下がりに図書館に行くなんて……"出来損ない"のジークが突然どうしたのです? 本を開く前に寝てしまいそうですわね」
後ろから嫌味たっぷりの声がかけられた。振り返るまでもなく誰だかわかるし、振り向きたくないのだが、ジークは渋々とそちらを見る。
メタリック調の強い豪奢な金髪とアイシャドウのきつい青眼。
趣味の悪い派手なドレス。もうすぐ30歳なのにリボンとフリルが気持ち悪いくらいに付けられている。
ジークは吐きそうになるのを必死に堪え、作り笑顔で答える。いくら嫌いでも相手は第二王妃。彼の義母にあたる人物なのだ。
「こんにちは、カミーユ様。私が本を読む日があっても良いのでは? 先程まで友人と話していたことで少し気になることがあったので調べようと思っただけのことですよ」
目の前の人物に敬語を使わなければいけないことに苛立ちを覚えつつ、早くここから去ってくれと願うジーク。
しかし、彼女はそう簡単には去ってくれないようだった。
「今国内を騒がせている人攫いが王都にいるんですってね。私のアンリは対応にあたる騎士達を労うために詰所をまわっているというのに、兄である貴方はのんきに読書ですか。恥ずかしいこと」
アンリはジークの弟でカミーユの腹の子である。しかし、実際はアンリがとても彼女を嫌っていて、ジークの母である第一王妃に懐いているのだが。まだそんなことにすら気づいていないのかとジークは密かにため息をついた。
そもそも、アンリが騎士団をまわっているのも、アズールの策のうちである。
「そうですか、心優しい弟を持てて嬉しいことです」
「出来損ない貴方とは違うのです」
出来損ないだからなんなのだと思いながら、ジークは注意深く目の前の女を観察する。カミーユの実家はベルトラン公爵家。今回の事件に関わっているとされる派閥のトップである。
子供のジークから見ても頭が残念な彼女が何か知っている可能性は低いと思ったが、万が一のこともある。何か情報を引き出せないだろうかとジークは言葉を慎重に選んでいく。
「そうですね。神から対する勇者を賜ったのに勇者として覚醒できず、王家の証も持たない出来損ないです。でも、そんな私でも友人達の力にはなりたい。そう思って、今図書館に向かっているのですよ。その人攫いの件について、で」
人攫いの部分を強調して話すジークは目を左右に泳がせるカミーユを見て微かに微笑んだ。
これは当たりだろう。彼女は思いがけないことを言われた時、目を泳がせる癖がある。もちろん、アンリと同じように人攫いの件に心を痛めていることに驚いているわけではない。ベルトラン派は間違いなく黒だ。それも、カミーユが絡む程の何かがある。
ジークは直感でフェンリル族以外の子供は実行犯達の小遣い稼ぎだろうと思った。ベルトラン派が望んだのはあくまでフェンリル族の子供なのだ。
アズールは下っ端と一刀両断していたが、彼らの腕は中々で冒険者としてのランクも高いものと思われる。彼らがフェンリルを攫うことが出来たのも、そんは彼らを雇うほどの金があるのも頷ける。
「では、私はこれで……」
「ま、待ちなさい! どういうことよ?! お前、何を知っている?!」
焦ったようにヒステリックに叫ぶカミーユ。
整えられた髪を振り乱し、扇子をジークに突き出す。
面倒なことになったと眉を顰めたジークに救いの手を差し伸べたのは彼女の娘だった。
「お母様。中庭へ散歩しませんか?」
「おかーさま、お花摘みにいきましょ!」
彼女とよく似た色と顔立ちの2人の少女。この国の第一王女ルイーズと第二王女シャルロットだ。
「あ、あなたたち……」
「ほらほら、行きますよ!」
9歳のシャルロットが強引にカミーユの腕を引っ張っていく。後ろを振り返ったルイーズが、今のうちにと目線で合図を送った。
ジークは彼女達にありがとうと目で伝えると、静かに図書館へ入っていった。
もちろん、自分の傍にいるアズールのカゲワタリに伝言を渡しながら。
蒼穹の歌姫は夢境を探す。 Myua @Myua_Sorairo
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