2.人攫い
今までのアズールが人攫いの事件に表立って動けなかったのは、彼女の主であるライヒ国王から"しばらく様子を見る"と言われたからであった。
しかし、
(まずは、情報がもっと欲しい)
アズールにはグリフォンのリィア以外にも契約している神獣がいる。
まずは、"カゲワタリ"という情報収集に長けた神獣をルセイアに放ち、人攫いの情報を集めさせ始めた。
彼らは意識は1つだが、身体が幾つにも分裂し、影の中に住む獣である。すぐにアズールが望むものを持ってきてくれるだろう。
プルミエを出て、駆け足で食堂に戻る。身体能力の高いアズールが本気で走るともっと速いのだが、6割程の速さでも突風が吹いたのかと思うほどには速い。(もちろん、魔法を使っていくので誰も気が付かないが)
ルセイアの半径は10キルメル(10キロメートル)程なのだが、その距離をアズールは20分ほどで駆けていった。
「レナ、あの2人は?」
店に戻ったアズールは調理場にいたレナに話しかけた。
テーブルの1つにはアレン達もいる。
「少し前に出てい来ましたけど、どうかしました?」
「いや、大丈夫。ありがとう」
首を傾げるレナに大丈夫だと告げ、アズールはアレン達の方へ向かう。
近づいてくる彼女に気づいたのか、エドガーが軽く手を振った。ジークとアレンは2人で何か話している。
「何かわかった?」
「レナの言っていた2人組が人攫いの実行犯であることは間違いないと思うよ。魔法を使って上手く隠していると思ってるみたいだっただけど、僕らの目は誤魔化せないさ」
椅子に座ったアズールにエドガーが状況を説明する。アレン達も彼女に気づいたようで、彼女の方へ身体を向けた。
「フェンリル族に手を出したんだって? 阿呆すぎて言葉が出ねえよ」
「あの2人、次はルセイアにいる見目のいい少年少女を攫うらしい。もちろん、貴族に手を出す度胸はないだろうけど、アズールやレナは気をつけないと」
次々と口を開くアレン達。
フェンリル族についての新しい情報は無く、新たな計画が少しわかったくらいだった。それでも十分だが。
彼らによると、2人組は北区に住む子供を中心に20人くらい攫うつもりらしい。はっきりした目的までは掴めなかったが、大商人や貴族に売るのが鉄則である。
知り合いの冒険者からの忠告を合わせると、経済界で大きな権力を持っているベルトラン派が関わっていそうだから、その線で間違いはないだろう。
実行は今夜から明日の明け方。取り押さえるなら、今のうちに下準備せねばならないだろう。
正午まであと少し。
アズールは3人にレナとルーシーの護衛を頼み(彼らには専属の護衛が隠れたところから見守っているだろうから大丈夫だろう)、次の行動に移った。
シュロス宮殿を取り囲む城壁は騎士団の詰所や寮を兼ねている。
アズールが毎朝会う竜騎士達もここで暮らしている。とは言っても、今回は彼らに会うのが1番の目的ではない。
詰所にやってきたアズールが向かったのは、ルセイアで起きた事件全般を取り扱う第五騎士団のところだ。
能力も騎士の中では平均的だが、オールマイティであり、庶民出身者が多いことが特徴である。
「オスカー、いる?」
6年前の事件のおかげで、騎士達とは顔見知りのアズールは何の障害もなく第五騎士団の団長─オスカーの元まで辿り着いた。
「今度はどんな厄介事を持ってきたんだ?」
茶髪と氷のような瞳の青年は呆れた顔で執務室に入ってきたアズールを迎えた。今は鎧ではなく、騎士の正装を着ている。
「酷い言い方ね」
「酷いのはどっちだ」
ニコニコしながら応接用のソファーに腰掛けるアズールの正面に、疲れたようにため息をついたオスカーが座った。
「んで、何だ?」
「明日の朝までに人攫いの件について決着つけるから、助太刀よろしく」
「……おいおい」
数ヶ月前からライヒ王国中を騒がせている人攫い事件を、不敵な笑みで片付けると言ったアズールに、オスカーは頭が痛いと手を額に当てた。
人攫いの犯人は各地の傭兵や冒険者、自警団やオスカー達騎士も探し回っているが、なかなか尻尾が掴めずにいたのだった。
今までの被害は10歳から20歳の少年が18人、少女が20人。彼らを庇おうとしたのだろうか、攫われた子供の親が6人、さらにたまたまその場に居合わせた人が5人殺されている。
戦争の絶えなかった先代の王の頃はいざ知らず、今のライヒ王国内は当代の王の尽力と平和を求める人々のおかげでとても治安がよかった。
そのため、この事件は王国中を騒がせているのだった。
魔物の大量発生も重なり、騎士団の対処も遅れている。ただでさえ何か大きなものが陰で動いており、捜査が難航していた事件だ。オスカーや他の騎士団長もまだ解決には時間がかかると判断していた。
それをこの
「……お前ならやれそうなのがまたムカつくな」
「情報提供はしていたでしょ? 君たちが情けない」
容赦なく断言するアズール。
彼女の言葉の通り、彼女は各地にカゲワタリを密かに派遣し情報収集に当たらせていたのだ。しかし、彼女も万能ではない。主たる彼女から離れると神獣達の能力は落ちるのだ。
だから、彼女も自分の無力さを悔やんでいた。だからこそ、あんなにあっさりと人攫いの下っ端が見つかるとは思っていなかったのだ。
「……それは悪かった。で、俺らは何をすれば?」
「竜騎士達を貸して。出来れば他の騎士団も」
もちろん、オスカー達も何も出来なかったわけではない。実行犯の一部を捕まえ尋問したりもしたが、黙秘の魔法をかけられており話す機能を無くされていたのだ。
何とか、国内屈指の派閥を形成するベルトラン派が何らかの関与をしていることは分かったにせよ、それ以上のことが何もわからなかった。
それだけ、相手の手口は巧妙だった。
何しろ、攫われた子供達は自ら実行犯のいるところに行くと推測されている。何らかの意識に干渉する魔法をかけられ、洗脳されているというのが騎士団の見解である。意識干渉系の魔法は法律で厳しく制限されているため、それだけでも大罪である。
さらには、扱うのが難しいそういった魔法を使えるだけの技術を持つ魔士(魔法使い)が敵にいるということがとても厄介であった。
「相手にベルトラン派や高位の魔士がいるのなら、こちらも準備をしっかりやる必要があるの」
「他は?」
「魔士への対処はこれからナタンのところに行って決めるよ。だから、最低でも竜騎士の第七騎士団と犯人を捕らえるオスカー達第五騎士団、そして第三騎士団も貸してほしい」
竜騎士達が必要なのは、ベルトラン派の貴族の私兵に同じような
「第三騎士団はどうしてだ?」
近衛騎士である第一騎士団程ではなくとも、第三騎士団も貴族出身のエリートが集まる騎士団である。さらには、ベルトラン派のものも多くいる。
日頃からアズールと仲の良い第五騎士団や彼女に進水している第七騎士団はともかく、彼らを作戦に加えたら情報漏洩の危険があるのでは、という意味を込めてオスカーはアズールを見た。
「囮。リヴィエール派の騎士何人かにはアレン達の護衛と彼らのサポートにまわす」
「なるほどね」
ベルトラン派の動きを掴むための囮と言い切るアズールにジト目を向けたオスカーだが、アレン達を作戦に加えることに異論はないようだ。
アレン達もまた、アズール程ではないが歳に似合わぬ強さを持つ少年達だった。
そして、第一~第三騎士団に所属するリヴィエール派の騎士もまた、ティメオ達のように彼女に心酔するもの達である。
「彼らへの連絡は私がやるから、騎士団での連携をお願いね」
「はいはい」
「アズール!」
アズールが具体的な作戦を伝えようとした時、執務室の扉が開き、長身の美丈夫が入ってきた。言うまでもなく、竜騎士達の団─第七騎士団の団長ティメオである。
「俺のとこに来ればいいのになんでオスカーのとこに真っ先に行くんだい」
もうすぐ24歳になるティメオは頬を膨らませ、後ろからアズールを抱きしめる。
アズールはそれにため息つきながら、彼の腕を外した。
「今朝あったばかりでしょ。それより、ちゃんと寝たの?」
「俺の心配してくれるの? 嬉しいな。アズールがいるだけで癒しだから眠気とかないよ」
オスカーはツッコミを入れることを早々に諦めたようで、静かに紅茶を飲んでいる。第七騎士団は程度の差はあれど、全員こうなのだ。もはや何を言っても無駄なのだろう。
「そう。ティメオ達の力を借りたいのだけどいい?」
「もちろん! もっと頼ってくれていいんだよ?」
「王都の警備もあるのにそれは無理。それに、今夜は警備の方も万全にしなくちゃいけないの」
「何かあったの?」
「それをこれから説明するの」
アズールはティメオを自分の隣に座らせ、オスカーの方を向く。
「今夜は忙しくなるよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます