第13話 求めた本物
気づけば辺りは暗くなり、川は冷たい冷気を発していた。
でも僕とユリカは遊んだおかげでお互い火照っており涼しいくらいだった。
河川敷の天端を僕とユリカは歩く。
記憶を頼りに、あの時間を思い返しながら。
川に沿って似たようなヨシの穂が立ち並んでいる。
そのどこかに一部だけ整地されたように開けた場所と一枚板のベンチがある。
不思議と迷うことはなかった。
僕とユリカは川表へと向かう。
ヨシの穂が集まっている場所に近づく。
あの頃の記憶だと自分の背より高かったが今では僕の胸元ぐらいの大きさだった。
「気づけば僕の方が大きくなってたんだな」
それだけの時間ここに訪れていなかったのか。
同時にこのヨシの穂の中に恐る恐る入っていく昔の自分も思い出していく。
ヨシの穂の中に入っていき奥を目指す。
いくら大きくなったとはいえ進む障害になることに変わりはなかった。
目の前のヨシを手でのけると鋭利な部分に触れ少しチクリとするし手放した時には元の位置に戻ろうとする反動となりそれが僕の体を攻撃してくる。
カサカサした複数の穂は埃たたきで叩かれている感覚だった。
道を開き、ユリカの手を引き導きながらようやく開けた場所へと出た。
そこで見たのは外灯に照らされ藍色に反射する川、川辺に設置された1枚板のベンチ。
長年の劣化でキズやひび割れが目立つが歴史を刻んだ木材は一層味わい深く見えた。
少量の風で揺れるヨシの穂に川の表面が小波を立てる。
小学生の頃の記憶が思い返され当時の情景が頭の中に浮かぶ。
記憶通り。
昔と同じようで少し違っていたけど、確かにこの場所だ。
「座るか」
「そうですね、もうヘトヘトです」
僕はユリカとつないだ手をゆっくりと引っ張っていきベンチの位置までエスコートする。
お先にどうぞと手で座るのを促す。
ユリカは浅く腰を掛け、僕も続いて隣に座る。
昔は二人座ってもスペースは十分あったが今は少し狭く感じた。
彼女の柔らかい肩や腕が密着して変に緊張してしまう。
僕の緊張が伝わってしまったのか、彼女の方も恥ずかしそうにしていた。
そして、この後の事を考えてしまう。
・・・この花火が終わると、どうなるのかな。
彼女は、消えてしまうのかな。
また僕は、一人になるのかな。
風が吹き、穂が揺れ川の小波が打つ音がはっきりと聞こえる。
さっきまでむじゃきに祭りを回っていたことが嘘のように静かな時間が流れた。
お互い黙ってしまい沈黙の時間が始まってしまった。
黙っていると変に意識してしまい時間が進んでいく度悪化の一途をたどっているように見えた。
何か話さないと。
もう、終わりの時間は近づいてきている。
考えている間にも時間は無慈悲に過ぎていく、夢のような時間が終わろうとしている。
今しかない。
分かっているのに、言葉が出てこない。
何を言ったらいいのか?
どうすれば正解なのか?
このまま・・・終わるしかないのか?
思案して苦慮しているその時だった。
僕たちの視界を赤い光が大きく照らした。
豪快な音を鳴らし、その輝きは一瞬にして塵となり夜空の中へ消えていく。
でもそれだけでは終わらない。
次々と打ちあがっていき多彩な色を夜空へ色づけていく
その光景は、胸の張り裂けそうな痛みを一瞬忘れさせてくれた。
「綺麗・・・」
ユリカはぽつりと言った。
自然と声が出てしまったのだろう。
声に反応して僕は彼女の顔を見てしまう。
そこには目の前の花火を見て嬉しそうな表情をしていたがその瞼には深い哀愁がこもっているように見えた。
複雑な感情が入り混じっていて1つの言葉では表しきれない。
僕と彼女は今同じ場所にいて同じ景色を見ている。
でも、互いに感じていることは違うはずだ。
彼女はこの景色を見てどう思っているのだろう?
僕が見つめていることに気付き彼女も僕の方を向く。
僕は今、何を思っているのだろう?
変な話、僕自身分からない感情が胸を渦巻いていた。
花火が夜空に消えていくのを今の自分たちと重ねてしまう。
僕たちの輝きも一瞬で、儚く散ってしまうだけの存在だとしたら。
花火が上がり散る過程を自分たちの人生に当てはめるとすれば。
夜空を照らす花火の大きさや形が、生涯によって反映されるとしたら。
その人生で世界や人々に与えた貢献度や自らの幸福度で影響されるなら僕は輝くにも満たない、不発の花火で終わると思う。
でももし、輝ける瞬間があるとしたら。
それはきっと、今しかないと思った。
他人から見てどんなに汚い形でも、小さな光だとしても、ただひたすら夜空の中に輝きたかった。
僕はユリカと目線を合わせる。
ユリカもまっすぐに僕を見て、僕が今から言う言葉を待っているように見えた。
「この場所で出会った時、僕は衝撃を受けたよ。普段物静かな人が急に僕の背後で明るく話しかけてきたという驚きもあったけど、一番は君の笑顔だった。あどけないその純粋な笑顔を見た時、僕は一目惚れした。同時にその瞬間が僕の初恋だった」
ドンッと大きな音が鳴った。
今までで一番大きな花火だ。
地響きがして僕の体にもその衝撃は伝わってきた。
赤い光が周りを照らす。
「佐野 ユリカさん、僕と結婚してくれませんか?」
その場に跪き、片手を差し出す。
彼女はきょとんと驚いた顔をした後目を細めて微笑んだ。
花火が散るまでの数秒僕たちは見つめ合う。
ユリカは全身を小刻みに震わせる。
「すごく嬉しいです。こんなに幸せな気持ちになれたのは初めてです、でも・・・」
ありったけの花火が次々と打ちあがっていく。
様々な色に世界は照らされる。
その輝きは川の表面を反射し光り輝く世界を作り出す。
「私、死んでるんですよ?あなたと私は世界が違うんです。あなたには未来があって、私はもう終わるんです。きっと、私なんかよりこの先素敵な人と出会えますよ・・・」
話し続ける度その声は掠れ、涙色を帯びていった。
それは別れという現実を再認識させてきた。
ユリカは来る別れた後の世界に自分の未練を残させないよう僕の告白を断るつもりなのかもしれない。
確かに、結婚は別れ際に言う言葉としては不適切なのかもしれない。
それでも、たった数日間でもいい、彼女との結婚生活を送りたかった。
ありふれた幸せとはいかないが、多数の選ぶ幸せが自分にとっての幸せになるとは思えない。
「君は生きている。他の誰かに見えなくても、生きているんだ。君がこれからどこへ行ってしまうのか分からない。もう二度と出会うことはできないかもしれない。でも僕は、君のことを思い続けてしまうと思う。忘れられない、もう二度と忘れたくない。だから、結婚してほしい。この瞬間を刻み付けて、忘れられない記憶にしてほしいんだ」
僕は思い思いの感情を言葉にしていく。
自分でもまとまった言葉になっていないのは分かっている。
それでもこのもどかしい感情を伝えられず、押し殺してこの先を生きてしまうくらいなら今ありのままをさらしてしまいたいと思った。
「後悔、しませんか?」
彼女は念を押すように僕に問いかける。
「しないよ。好きだから」
「それじゃあ、」
僕の差し出した手を優しく握り返してくれる。
乗せられた小さくてひんやりとした柔らかい手。
「結婚をお受けします」
僕はユリカの手を引いて立ち上がり、思いっきり抱きしめた。
彼女も僕の背中に手を回してくれる。
張り裂けそうなくらいの愛を二人で共有した。
彩色の夜空の下で数分間抱きしめ合った。
「さぁ、花火が終わる前にすぐ結婚式を挙げましょう」
ユリカは僕の背中をポンポンと叩き胸の中で話す。
腕をほどき離れた時には彼女は顔をほころばせていた。
「そうだな、でもどうすればいいんだ?」
「重要な儀式があるでしょう?あれですよ、あれ」
ユリカは目を瞑る。
そこまで想定していなかった僕は戸惑ってしまう。
今までしたことないし、重ねるだけだよな?
あんまりハードなのはだめなんだよな?
「おまかせしますよ。ほら、花火が上がっているうちに」
ユリカは片目を開けていたずらに微笑む。
花火大会も、もう終わる。
そして彼女との再会した日々も終わってしまう。
でも、不思議と寂しくはなかった。
きっとまたどこかで会えるから。
僕は彼女の柔らかい頬に触れる。
ぎこちない動作で顔を近づけていく。
彼女の顔が目の前に来るその時彼女の目が開き、お互いの視線が合って静止する。
「そういえば、いつかここで話したことを思い出しました」
ユリカは僕にしか聞こえない声で囁く。
緊張しているのか伏し目になっていた。
「この世界で自分は本物だと言い切れる人はどれくらいいるのかな?私達だけでも本物になろうよって」
それは小学生の頃ここで話した忘れられない会話の思い出の一つだった。
僕の人生にとっても特別な瞬間だった。
だって、彼女に心を惹かれた瞬間だったのだから。
「懐かしいな。よくそんな昔のこと覚えてるな」
「やっぱり、覚えていたんですね」
ユリカは嬉しそうにほほ笑む。
彼女の笑顔を見ると胸がこそばゆい感覚がする。
行き場のない喜びが体の中を駆け巡る。
「私たちは”本物”になれたのかな?」
今度はユリカの方から顔を近づけてくる。
もう鼻先がこすれていた。
”本物”の自分。
ずっとそうなりたい、そうありたいと思っていた。
けれど結局は見つからなかった。
だって、そんなものは存在しないんだから。
「いや、きっとなれていないとおもう。今でも”本物”とは遠い存在だ」
”本物”を求めれば遠くなる。
仮に本物になれたと言える日が来るならば、それは自分自身に妥協し歩むのをやめた時だと思う。
正解がないなら、自分なりの答えを見つけて納得するしかない。
最初からいたちごっこに過ぎなかったのだ。
「結局”偽物”のままだったのかな・・・」
「・・・そうかもしれない。でも、」
偽物と言われて今までの記憶が引っかかる。
例え偽物でも、僕たちの過ごした時間は本物だった。
でも本物かと言われれば違う気がする。
だってユリカはもうこの世界にいないんだから。
本物でも偽物でも表せない僕達はなんて呼べばいいんだろう。
でもきっと、こういうことなんだと思う。
「”本物”よりも美しい”偽物”になれたと思うよ」
その時真っ白で大きな花火が冬の夜空に咲いた。
まるで白いユリの花のように可憐で純粋で美しかった。
僕とユリカはその下であどけないキスをして、最後の記憶を刻み付けた。
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