第7話 引かれたトリガー
12月、クリスマス前の中学校内は浮足立っていた。
クリスマスの予定を段取りしている人やカップルの痴話話にクリスマスなんて関係なしに高校受験に備えて机に向かい勉強するもの。
それぞれが忙しなかった。
ホームルームのチャイムが鳴っても一部の騒がしい声が止むことはなかった。
少しして先生が教室内に入ってくる。
無言で教卓の前に立ちそのまま何も言わなかった。
いつもなら「静かにして!」とヒステリックに叫び怒る人だが、今日は一変して寡黙だった。
その普段とは違う異質な態度を察してクラス中は静かになっていき、自然に席に座っていった。
立ちすくんでいた先生からようやく言葉が出る。
「皆さんに・・・残念なお知らせがあります。先週から欠席している●●さんですが、ご自宅に帰っておらず行方不明になっています」
先生はまだ何かを話し続けている。
でも僕はその先を聞き取ることはできなかった。
急に何を言い出したのか、理解できなかったからだ。
「先日からの連続誘拐事件に巻き込まれた可能性が高いです。皆さんも注意するように」
「彼女は本当にやさしくてみんなのことを・・・」
淡々と先生は話を続ける。
涙ぐんだように、悲しそうに、時々机に俯いて。
周りの人間も悲しそうにしていた。
一部の女子は本格的に泣いていて男子も悔しそうに歯を食いしばったり手を強く握って体を震わせていたりしていた。
何も考えられず僕は固まった。
しばらくして状況を理解し始める。
そして思う。
なんでこいつらは泣いてるんだ?
●●はいじめられていた。
小学校の頃から、そして中学に上がるにつれていじめの過激さは常軌を逸していた。
特にこの年頃になると恋愛絡みの問題はかなり敏感な時期だ。
容姿端麗だった●●は良くも悪くも男子から注目され、それが周りの女子たちの反感を買うことになった。
いじめられて毎日張り詰めた表情をして、でも僕の横では苦しい気持ちを押し殺して笑ってくれた。
精神的に追い詰められ日に日に弱っていく姿を見るのはとても辛かった。
だからこそ、今普通に悲しんでいる先生や周りの生徒を見て、あらゆる負の感情が僕の中をかき乱していった。
こんなのおかしい・・・。
おかしいだろ。
お前らのどこに悲しむ権利があるんだ?
●●を滅茶苦茶にしたのはお前らだろう?
精神的に自殺を図ってもおかしくない状態だった。
誘拐事件に巻き込まれなくてもどこか危うかった。
そんな白々しい彼らの行動を見て僕は気持ちが悪くて仕方がなかった。
それから●●は行方不明と処理され、安否は未だに不明だった。
●●の話をする人は誰もいなくなった。
変な気が起きたのか。
全面ガラス張りの12階建てのビル。
ブレースは外側に露出で出ておりデザインのようになっていた。
オフィスにありそうな紺色のマットが足元には敷き詰められ、横長に長い机と桟に固定された折り畳み式の椅子に僕は座っていた。
室内には個性豊かな服装や髪の色が溢れており、彼らは僕と同じように机に着き目の前で巨大な黒板を使って身振り手振り大げさにジェスチャーしている教授の講義を聞いていた。
僕は今、大学にいた。
僕が半年間不登校になり行かず、すでに留年は確定したも同然だった。
今更来たところで状況は一切変わらないし留年して来年から通い始めてもいいきがするが、とにかく今の僕は行動を起こしていたかった。
留年が確定していたとしても、単位がもう取り返しのつかないことになっていたとしても。
彼女のいないあの部屋にいるよりはましに思えた。
何か別の事を考えることができる環境が僕には必要だった。
ユリカがいなくなったあの日から。
僕の生活は元の荒んだものに戻っていった。
料理を作ったり外に出たり誰かと笑いあうこともなくなった。
結局不健康な生活スタイルが更生されることはなく彼女との日々で得られた健康的な兆しは徐々に薄れていった。
数年間の生活の蓄積はたったの数日で解消されることはなかった。
彼女と出会ってからがおかしかったのだ。
でも、別れた日から僕の心にぽっかり穴が開いたような感覚があった。
たったの数日を過ごしただけなのに。
彼女の事を思い出してまた会いたいと思ってしまう。
やがて講義は終わり休憩時間へと入る。
周りを見渡すとみんなそれぞれグループができており、僕の右横にはAグループ、左横にはBグループというように所属が分かりやすく区分されていた。
僕と同じように無所属の人間はポツポツと数人いたがきっと今講義室内に知り合いがいないだけで本当はどこかのグループに属しているに違いない。
僕のように正真正銘の無所属なんてあまりいないように思えた。
「あれ?君って・・・」
後ろから声が聞こえた。
一瞬その声が僕に向けられたものだと気付かなかった。
僕はゆっくりと後ろに振り向く。
「やっぱり!久しぶり!今まで何してたの!?」
僕の背中が手のひらでバンッと叩かれる。
うっ・・・と委縮したような声が漏れる。
そこには全く見覚えのない女性が軽快に笑っていた。
真っ金金のボブヘアーにはっきりとした明るい顔立ち。
赤いボルドータンクに黒のビッグパーカーを羽織っており下はベージュパンツに黒のパンプスを履いていた。
青い蝶々が装飾してあるネックレスが素敵だと思った。
パンク少女、というのが第一印象だ。
「入学したての頃少し話したよね?覚えてないかなー」
早口でガンガンがっついてくように話しかけてくる。
少し話したことがあると言っているがまったく覚えがない。
僕は何も返せず漠然と彼女の顔を見つめることしかできなかった。
「その、すみません。覚えてないです」
突然の出来事に面食らい、僕の声は上擦った。
そんな自分の気持ちの悪い受け答えに恥ずかしくなり顔を上に上げることができなかった。
「だよねー。ってか同い年だよ!敬語なんてやめようよー」
「う、うん」
「ほら、入学式のホールで隣に座っていたのは誰だい?一緒に夜の街へ飲み歩いたのを忘れたのかい?」
彼女の顔をまじまじと見る。
そういえば見覚えがあるぞ。
「あ、無理やり連れまわした人だ・・・」
思考から見出した答えが口に漏れた。
「おいぃー!どんな覚え方してんのよ!」
彼女は両肘を肩の高さまで上げ大げさにリアクションを取った。
入学式が終わった日僕はあるグループに誘われる。
これから遊びに行くんだけど君もどう?っと。
僕が一人で暇そうだから誘ってくれたんだろうし、普段なら断るのだが。
大学生になったことで少しの高揚感があったのだろう。
それに流され僕はそのグループに付き合うことにした。
確か僕を含めて12人程のグループだったが、結局最後まで打ち解けられることはなく当たり障りのないやり取りや話の相槌ばかりを繰り返しその日は終わった。
よくもそんな僕を覚えてくれていたものだ。
「私ははっきりと覚えているわよ!名前は新幡スミレ、女みたいな名前だったからよく覚えやすかったわね」
彼女は両手を腰に当てて笑う。
いちいちオーバーリアクションだなと思った。
「私、比良坂 アヤノ。今度は忘れないでよねっ!」
快活でエネルギー溢れる彼女は頬を大きく上げて笑う。
その人懐っこい柔らかい表情はいろんな人に好かれそうだった。
すぐ後講師が講義室に入ってきた。
講義が始まるため皆それぞれ席に着く。
軽い挨拶を済ませ講師は参考書に準じて進行していく。
最初は授業に集中していたが時間が経つにつれて散漫になり、やがてうとうとして夢と現実の狭間を彷徨っていた。
何も知識が身にならないまま時間は過ぎ、講義は終わった。
この調子なら来ても来なくても一緒だと思った。
「よし!お昼だ!新幡は学食?」
講義開始5分も経たない間に眠っていた比良坂さんが元気よく話しかけてくる。
「いや、コンビニかな。適当に買って済ませるよ」
学食は人目が気になるし、なんとなく落ち着かない。
適当に静かな場所で過ごせたらそれでいいと思った。
僕は大学内にあるコンビニへ向かう。
そこでおにぎり2つとお茶を一つ手に取り精算しようと思った。
「え!それだけで足りるの?」
なぜかついてきた比良坂さんが驚きの声を挙げる。
彼女の両手には牛丼にコーンサラダと水が抱えられていた。
「僕はそんなにエネルギー使わないから。比良坂さんも少ないんじゃない?」
「少なくないし!私は女子だからいいの!」
ムッとして返される。
精算後大学の外に出て建物の裏にあるベンチに座りお昼にした。
比良坂さんも僕の隣に座り電子レンジに入れて温かくなった牛丼を頬張っていた。
「新幡って今まで何してたの?入学式以来見てなかったからさ」
「めんどくさくなって引きこもってただけだよ。大した理由はない」
「じゃあ何でまた来ようと思ったのさ?」
「心境の変化、まではいかないけど。単純に引きこもり生活も飽きたからさ。なんとなく来てみただけだよ」
「中々気分屋さんなんだねぇー。真面目そうに見えるから結構意外かも」
比良坂さんは僕に興味を持ってくれているようだった。
それもそうか。
珍しい奴が学内に現れたんだから。
その後も僕に対する質問は続き一通り聞き終えたのか少し無言の時間があった。
「連絡先交換しようよ」
比良坂さんはピンクカバーのビーズでデコレーションされた携帯を取り出す。
断る理由も無いのでいいよと返し僕も携帯を手に持つ。
「QR出して」
「何それどうやって出すの?」
「嘘!知らないの!」
彼女は驚き声を上げる。
流行りの通話アプリはかろうじて持っていたものの利用することは無いに等しく、機能なんて知るはずもなかった。
「友達少ないね、新幡。私が初女子友でよかったのかな?」
「いいよ、交換してくれてありがとう」」
同情されながらも彼女と連絡先をなんとか交換することができた。
今後彼女に連絡するかと言われれば甚だ疑問だが。
その時彼女が急に肩を寄せてきた。
思わずたじろいだが彼女は手慣れた手つきで携帯を上に掲げる。
画面は鏡のように僕たちを映しておりそれがカメラだと気付くころにはシャッターが切られていた。
撮った写真を彼女は確認する。
「どんな表情してんのよ!不思議なものでも見たの!?」
彼女はアハハと愉快に笑う。
勝手に撮っておいて文句とは失礼な奴だ。
「生まれつきの顔だよ。なんで急に撮ったのさ」
「なんでって、記念じゃん」
「記念?」
「私と新幡が再開した記念。写真に残せば思い返せるでしょ?」
大袈裟だな、と口に出かかったが慌てて口を閉じる。
比良坂さんの横顔が哀しそうに映ったからだ。
「記憶なんて時間が経てば忘れていくんだから。でも写真はその瞬間を切り取って残せる。曖昧な記憶なんかよりよっぽどいいでしょ?」
彼女の言葉は心の中に溶け込んでいくようだった。
普段他人の意見に否定的な僕だが、妙に納得することができた。
「あんまり写真を撮らないけど。でも、なんとなく分かる気がするよ」
「でしょ?」
彼女は笑う。
一見快楽主義に生きているように見える彼女だが、心の奥では何か深い哀しみを抱え込んでいるのかもしれない。
その一面に気付いた時、パンク少女というイメージは疾うに失っていた。
彼女とは昼休みを最後に別れた。
それから億劫な講義を全て受講し、白色のボロアパートに帰宅した。
荷物を適当に放り投げ絨毯に寝転がる。
久しぶりの大学はかなり疲れた。
肉体というよりは精神的にだった。
どうしても人多い場所に行くと見られているわけでもないのに人の視線が気になってしまうし、周りがそれぞれグループを作って話している中一人で過ごすのは自分はなんでこの場所にいるんだろうと疑問を感じざるを得なかった。
結局一人が一番だと再認識した。
訪れた心の平安に安堵しまどろみの中へ落ちていきそうだった時。
<ブーブー>
ポケットに入れてあるスマホが小刻みに震えた。
瞼が重く、このまま落ちてしまいたかった。
でもスマホはその後も震え続けた。
仕方がない。
僕はスマホをポケットから取り出し薄目で画面を見る。
最初はなにこれと思ったが、通話アプリのメッセージ通知だった。
比良坂さんが早速何か送ってきたのだろうか?
しかし僕の予想は外れ、違う差出人を見てギョッとする。
「えぇ・・・」
差出人は<ホリ>。
高校時代に一緒につるんでいて、普通以上友達以下の関係だ。
例の飲酒をしながら海まで運転したあの男だ。
内容に目を通す。
<お前んとこの近くにいんだけど、今から会えない?>
何を返そうかと考える暇も与えぬまま次のメッセージが通知される。
<泊る場所無いから上がらせてくんね?>
ホリ、か。
特別仲良しというわけでもなく、お互いはぶられ者同士一緒にいただけなのだが。
そんな関係でも懐かしいと思ってしまう。
久しぶりに、会ってみるか。
そう思った矢先だった。
<ピンポーン>
部屋のインターホンが鳴った。
僕の部屋を訪ねてくる人。
もしかして、ユリカ?
慌てて立ち上がり玄関ドアを勢いよく開ける。
「うおっ!」
来訪者はびっくりして目を丸くしていた。
赤いマフラーに黒のトレンチコート。
下にはいているスキニーパンツ、足継手まで伸びている靴下とスニーカーも全て黒で統一されていた。
細身で身長はそこそこ高い方でぱっと見モデル体型に見える。
髪はぼさぼさ天然パーマで目までかかっていた。
顔にはいたるところにしわが寄り目元はクマで真っ黒になり瞼を上げているのもつらそうに見えるくらいくたびれた顔をしていた。
「なんだ、ホリか」
「え?なんでそんな残念そうなんだよ」
辺りは段々暗くなり静寂が訪れる中室外機の駆動音が目立って響いていた。
シーリングライトが照らす一室に温風が流れ静かな空間を作り出していた。
窓際に座っている男に僕は砂糖もミルクも入れていないインスタントコーヒーのコップを置いた。
「すまんな。いきなり押しかけて。近くまで来てたから久しぶりに会いたくなったんだ」
ホリはトレンチコートを脱がないままこたつに手足を突っ込み震えながら話し始めた。
「いや、別にいいんだけど。なんかホリ、あれだな。老けたな」
最後に会った頃の彼と比べると目を疑うくらい年老いて見えた。
ぼさぼさの髪に目元は瞼と眉毛の取り合い部に複数本伸びたしわ、目尻には青紫色のクマが濃く刻まれていた。
頬と鼻の隙間から口元まで伸びるしわも同年代とは思えない程出ていた。
30歳と言われても違和感なさそうだった。
「近くって、ホリは僕の家知ってたっけ?」
「まぁ、情報が出回ってるんだよ。俺の収集能力を舐めんな」
「情報収集って、収集できるほどの人脈があったっけ?」
「嘘だよ。お前のばあちゃんに聞いたんだ」
「なるほど」
ばあちゃん口軽いからな。
僕の友達といえばすぐに教えるだろう。
ホリは胸ポケットから煙草を取り出しオイルライターで着火する。
ストローでジュースを飲むように煙を吸い天井に向かって吐く。
「大学生か・・・どうだ?高校の時と比べて」
「別に、変わらずずっと一人だよ。いつも部屋で引きこもり生活をしてる」
その時僕の携帯が机の上で揺れた。
画面に表示されるのはさっきホリから来たメッセージアプリの通知だった。
差出人はAyano☆となっており最初はスパムメールかと思った。
<今日の写真送っとくね!この顔まじウケる!>
比良坂さんか。
僕が画面を眺めているとホリがクククと特徴的な笑い方をする。
「何が引きこもりだ。誰だよそのかわいい子!エンジョイしてんじゃねぇか」
ホリは写真の比良坂さんを興味深々に見ていた。
「ホリ、こんな派手な子が好きなのか」
「派手っていうか、明るい感じの子が好きだな。やっぱり俺って暗くてネガティブな性格だから、こういう子に魅かれるっていうか」
「恋愛感情とかじゃなくて、自分に持っていないものを持っているからって意味?」
「まあそんな感じかな。今度紹介してくれよ」
「無理だよ。今日会ったばかりだし。そもそも今後会えるのかも分からないし」
「それはお前次第だろ」
ホリはこたつから立ち冷蔵庫に歩いていき中のビールを1本取り僕の方に投げた。
缶に衝撃を与えると炭酸が飛び出てくるので両手でやさしくキャッチする。
「久しぶりに飲もうぜ」
僕とホリは向かい合わせでこたつに座り3年ぶりの乾杯をした。
彼とのお酒は毎回ささやかで開幕の挨拶もなしに無言で缶同士をコンと当て、飲み始める。
「ホリはあれからどうなの?働いてるの?」
「あぁ、パチンコ店でバイトしてる。時給いいし、なにより好きだしな」
「そっか。働いてるのか、すごいな。それにしてもパチンコか、ハマるかなとは思ったけど。職にするとはな」
「あの一台一台に希望が詰まっているからな。新幡もやろうぜ」
「やらないよ。人混みが嫌いなんだ」
「つれないなー」
ホリは煙草の煙を勢いよくライトに向かって吐く。
それから何かを思い出したように携帯を操作し始めた。
少しして僕の前にスマホ画面が差し出された。
画面には写真が写っており、複数の小学生ぐらいの顔写真が載っているページを撮影しているようだった。
「なんだよこれ?卒業アルバムのどこかのページ?」
「見ていて何か思い出さないか?」
言われて僕は写真の隅々までチェックする。
その時ひときわ目を引く写真を見つけた。
肩甲骨あたりまで伸びた黒髪、それとは対照的な白い肌。
目がぱっちりしていてまつげが長い。
みんなが笑っている卒業アルバムの中で唯一仏頂面で映っていた。
どこかで見覚えがある子だ。
顔写真の下には名前が書いてありそこには<佐野 ユリカ>と書かれていた。
「なあ、これって!」
「お、その反応。完全に黒ですな」
ホリは楽しそうに笑う。
でも僕はいまいち状況がつかめなかった。
「なんでこの子が映ってるんだ?この写真は一体何なんだ?」
僕の慌てた様子にホリは訝しげな表情をする。
「何って、お前の小学校の卒業写真だろ?」
「・・・え?」
再び見渡すと僕の写真もあった。
しっかりと<新幡 スミレ>と記載がある。
「なあホリ、この写真をどこで手に入れたんだよ?黒っていったい何の話だよ?」
「この小学校の卒業生に友達がいてな。それで卒業アルバムを見せてもらったんだよ。その時にお前の話になって、この中にいる佐野 ユリカって子と付き合ってたって話を聞いてな。俺、お前が今まで彼女がいた事知らなかったからさ、気になって今聞いてみたんだけど・・・」
僕がユリカと付き合っていた?
ホリは一体何を言い出すんだ。
そもそも小学校が一緒だったなんて初めて知ったし、それからまた付き合ってたなんてそんな記憶・・・。
そこで僕はユリカと出会った時の事を思い出した。
バスの中で彼女に「私の事、覚えていますか?」と聞かれたこと。
ノスタルジアを感じさせるような川のほとりで見た彼女の哀しげな表情。
交通事故の後遺症での記憶喪失。
彼女と付き合っていた記憶を失ったとすれば話は一応繋がる。
ただそれは辻褄が合うようで合わない。
ユリカが僕との過去を話せばよかっただけの話だ。
何故彼女は何も話さずに出て行ってしまったんだ。
何か重要なことをまだ忘れているのか?
「佐野 ユリカとは、なんで別れたんだ?」
「なんで俺に聞くんだよ。大丈夫か?」
「いいから、教えてくれ・・・頼む」
僕の懇願する様子を見てホリも只事ではないと察してくれた。
「急に行方不明になったって聞いたぞ。何か事件に巻き込まれたんじゃないかって騒がれたらしいし。確か、”連続誘拐事件”の・・・」
そこからホリの声を聞き取ることはできなかった。
またあの時と同じように激しい痛みが襲ってくる。
誰かが頭の中を手でかき乱しているかのように頭がぐちょぐちょになっていく。
肺も両手で絞られているのか呼吸困難に陥りパニック状態になる。
叫び声や暴れまわっているはずなのだがその感覚を一切感じ取ることができなかった。
視界の奥底に見えるわずかな光。
その光は大きくなっていき、やがて僕の視界は真っ白になった。
僕の記憶はフラッシュバックする。
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