10. 灰色



 夢のない夢、そんなものもある。現実の残りカスが無意識の海を汚染したような、灰色の夢。


 そんな夢を《夢の国》に具現したような、このテロスの街から、俺はいまだに抜け出せない。


 昔から灰色の四角い建物がならぶ町だったそうだが、かつての花崗かこう岩の町並みのほうがまだ美しかったろう。

 いまや、ひしめく灰色のコンクリートビル、その合間によどむ灰色のアスファルト、そこをのろのろ歩くのは、灰色のスーツ、灰色の顔色、灰色の目、そんな灰色の群集。


 噂によると、妖都タラリオンの魔王ラティさえも、この灰一色の景色にはみ呆れ、手出しもせず撤収したとか。


 当然、なじむ気などなかった。執行官のもってきた職業プログラムをつき返し、灰色の制服の執行隊に追われる身となった。それにさえスリルもアクションもない。頭まで灰色のヘルメットに包んだ大群が、のろのろと、ひたすら人海戦術でおいつめるだけ。


 追放刑のあった時代ならすぐにでも捕まりたかったが、いまや秩序紊乱びんらん犯は矯正刑だ。灰色の独房に監禁されて灰色の部品を作らされるらしい。永劫に。頭のしんまで灰色に染まるまで。


 あまりの灰色づくしに、ついに俺の中でなにかがはじけた。それは極彩色の花火となり、どんよりとくもった空に七色の炎が咲き、そこから虹色の巨大なばくがのっそりと現れる。


 追い詰められていた路地の壁を、ばくがむしゃむしゃと食べ始める。そこからのぞく美しい色のなかへと飛び込んだ。


「おい、一人逃げ出したぞ」


「やっと一人か、退屈な」


 壁の外に待っていたのは執行隊だった。


 いや、灰色の制服を着てはいるが、ヘルメットをはずし、ねじれた角と裂けた口をさらけだしたレン高原の角族つのぞくが、緑の芝生にごろごろ寝そべっている。


 夢見人ゆめみびと半端はんぱ者が多いのか、テロスの街にあらわれるやつはけっこうな数にのぼるらしい。そこで影からテロスを乗っ取り、夢見人ゆめみびとを枯らしては悪夢を生み出す牢獄に改造していったのだそうだ。眠れる邪神に力を送る工場のひとつとして。


 だが結果、その効率性たるや最悪。夢の枯れた悪夢など、カス程度にしかならないらしい。


「いっそイレク=ヴァド攻撃の決死隊にでも入りたかったぜ」


 俺を捕らえようともせず、だらだら灰色の計器をいじったり、灰色の書類を枕に居眠いねむりする角族つのぞくどもを、ばくの鼻息で吹き飛ばさせると、あおくかすむ丘へと歩き出した。

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