怪奇短編集

武江成緒

1. 満腹するもの

 この不況の世に、美食に血道をあげる変わり者の友人に紹介された店だが、それだけに期待がもてた。


 異国の彫刻や織物に飾られた、このエスニック料理店の中には、いたずらな珍奇趣味など微塵みじんもない、年季と重々しさが立ちこめている。郷土の料理を提供してくれるスタッフ達も、小柄な体でせわしく動きながら、黒く彫りの深い顔に、思いがけないほどの丁重なにこやかさを浮かべて歓待してくれる。


 最初はゼラチン豊かなすね肉のスープ。ついで南方野菜のサラダを、香ばしくローストされたもも肉の付け合せがひきたてる。メイン料理の幕をあけるのは腰筋フィレの魚醤焼きの深い味だ。弾けそうな腸詰ソーセージも、香辛料でみごとに臭味を消した腎臓キドニー肝臓レバーのパイも、西洋料理をうまくアレンジして仕上げてある。胃袋や肺臓、心臓といった慣れない食材も、カレー煮の絶妙な味によって愉しく平らげる。細切れの背肉ロースを空芯菜と炒めた焼肉も、パクチーを添えたバラ肉の煮込みも素晴らしかった。満足そのものの今宵の夕食でただひとつ残念なのは、店の秘伝だという脳味噌のソースの味を表現できる語彙ごいが私にないことぐらいか。


「今日はありがとう。実にうまかったよ」


 食事を提供してくれた友人に礼を述べる。


 向かいの席の友人の顔は、歯をむき出して微笑ほほえんでくれていた。


 眼窩がんかは暗くうつろにくぼんでいるが、円蓋ドームのように丸まった頭が陰気さをかき消してくれている。真っ白である事をのぞけば、店のスタッフ達の面相にもどことなく似ていた。


 微笑みを絶やさないまま、店長がじきじきに食後酒を運んでくる。黄金こがね色の蜂蜜酒ミードの香りが鼻をつくと、魂が抜け出るような心地に襲われてゆく。


 若い給仕が待ち切れないのか、チョ、チョ、とさえずるような言語でつぶやきながら、皿と、友人の曝頭されこうべとを手ばやく片付けて、厨房への扉を開く。口をあけた闇から誘いこむように流れくるなまぐさい風に、朦朧もうろうとした意識と、総身の肉とがうち震えた。



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