3 暮春、コンビニにて

彼女と過ごすにつれその期間が凡そひと月ともなれば、今まで知らなかったことも沢山分かってきた。


彼女は3月の暮れにこの街へ越してきたこと。

それまでは産まれてから殆ど病院暮らしだったこと。

どこか世間知らずで目を離すと危なっかしいこと。

両親は共働きで帰りが遅いので、夕方になるまで一緒に居たがること。

僕と一緒に時間を過ごすことで、前よりも表情が生き生きとしてきたこと。

そして、僕との時間を毎日待ち合わせ場所で楽しみにしていること。


授業が終わりいそいそと帰るクラスメートの間を縫って、2階端の空き教室へ向かう。どうやら今日は彼女の方が早かったようだ。

「ごめん、待たせたか?」

「ううん平気。それで、今日はどんな楽しいこと教えてくれるの?」

好奇心を含んだ目は心なしか輝いているように見える。

当初は大人びた口調だった彼女だが、先日の不思議一時を経て一転、年相応の顔を見せる

ようになった。

「そうだなぁ…買い食いとか?」

「買い食い…?」

「そ。したことないでしょ」

「行きたい行きたい!何だか青春って感じだね」


放課後は僕らの共有する秘密の時間だ。

何も言わずとも、学校では普通のクラスメート。飽くまでも僕らの関係は、放課後だけの友人だった。彼女は実に器用にその2つをシフトする。


辿り着いたのは町の端にあるコンビニ。近辺にはこの1軒しかないので、昔から大分お世話になっている店である。

「ここはなんのお店?」

「あー、コンビニ。もしかして来たことない?僕達が行くのって専ら学校の近くだったしね」

「うん、初めて。この町に来る前は、殆ど外に出たことが無かったもの。これがコンビニかぁ」

何の変哲もない、寧ろ都会と比べれば十二分に劣るであろうこじんまりとした店でも、彼女にとっては目新しいものばかりのようだ。

「ねえ、これはなに?」

「駄菓子だよ。昔からあるお菓子。安いし色んなのがあるけど、折角だし買っていこうか。」

悪いと恐縮する彼女をいなしてから、小さなカゴにぎっしりと駄菓子を詰め込んだ。2人で今日はお菓子パーティーでもするか。そう思いながら会計をしていると、レジ横のケースが目に入る。珍しい、この季節にも肉まんなんて売っていただろうか。少し考えてから彼女を見ると、嬉しさを滲ませた顔で忠犬のように僕を待っている。

「…すいません、肉まん2つ追加で」


「本当は冬に食べる肉まんが美味しいんだけど」

「確かに冬に食べると温まりそう…肉まんって美味しいね」

「はは、急がなくても肉まんは逃げないよ」

早速近くの公園のベンチで肉まんを頬張った。あちっと言いながらももぐもぐとし続けているので、どうやらお気に召したらしい。

春には少し不似合いな肉まんだが、彼女にとっては物理的なものと言うよりも、友人と肉まんを食べるという事象の方が嬉しいのではないかと考えたのである。


あっという間に肉まんを平らげた彼女の次の目的は、もちろん駄菓子である。

「ね、他のお菓子も食べよ。私とっても楽しみにしてたの!」

「ほらほら、慌てるなって」

チョコレートにスナック菓子、グミ、カルパス。色とりどりの駄菓子が僕達の前に鎮座する。

「ん!これ美味しい。1本食べてみてよ」

そう言って僕の口にスティック状のチョコ菓子を突っ込む。いつから彼女はこんなにも強引になったのだろうか。

「ね、美味しいでしょ」

「…ん、そうだね」

そんな言葉も彼女のへらっとした笑みの前では萎んでしまうというものだ。結局僕は根負けして首を縦に降るのであった。


「すごーい、ブランコもあるの!」

お菓子パーティーもそこそこに駆け出した彼女は、さながら小さな子供のようだ。

やれやれと思いながらも後を追いかける僕も大概彼女に甘い。

後始末を終えてから僕も彼女に追いついてブランコに腰かけた。二人してゆらゆらと心地いい時間に身を委ねる。子供向けの遊具は僕らには少し低いが、却って足で揺らしやすいな、などと思案する。

「へへ、ブランコって案外楽しいんだね」

「全く。手が掛かるお嬢さんだ」

「なにそれ、馬鹿にしてるでしょ」

「ちょっとだけ」

「あ〜いけないんだ。そんなことを言う悪い子はこうだ!」

おりゃ、などと子供みたいな声を上げた彼女の右手と僕の左手が重なる。

「悪戯はこれでおしまいか?」

彼女の反応が見たい僕は、ニヤリと悪どい笑みを浮かべる。

「意地悪だなぁ、よーしじゃあこうだ!」

僕らの指がゆっくりと甘く絡んだ。

「…ふーん、それだけ?」

何だかこっ恥ずかしくて強がる僕に、彼女が突然吹き出す。

「照れてるでしょ」

「照れてない」

「嘘だぁ、これだけ毎日一緒に居れば分かるよ」

「あっそ」

ふと視線が交わる。それから数秒見つめあってからどちらからともなく笑い出した。

日暮れを告げるベルが鳴り、僕達しかいない公園を夕陽が静かに包み込んでく。

絡めた手を確認するかのように時折ぎゅっと握る。また彼女の新しい癖が1つ。僕はそっとその柔らかな手を握り返した。


何とも自由気ままな彼女に僕は振り回されっぱなし。だがこの瞬間をどこか愛おしいと思っているのは僕だけではないだろう。いや、そうあれば良いと僕が思ったのである。


日も暮れてきたので、いつもの様に彼女を家の前まできっちりと送り届けた。まだ家に明かりはついていない。

「じゃあ今日はこれで。明日まで消えるんじゃないぞ」

「うん、分かってるよ。また明日ね」

挨拶を交わしてから家に入るのを見送る。彼女はチラリとこちらを見てから僕に2度手を振って家へ入る。それを見届けてから僕は帰途につく。ここまでが僕らが毎日欠かさずに行うルーティンのようなものになっていた。


ふと上を見上げるとさっきまでオレンジに染まっていた空が、もう群青に呑み込まれつつある。

そう言えば学校の桜はもう散り、少しずつ緑の葉が見え隠れしていただろうか。春ももう終わりに近づき、直に5月だ。

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勿忘草の散る頃に。 水鳴咳 辟(みなせ へき) @Minase_Heki

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