2 橙色の約束

転校生の隣の席ということは、必然的に彼女に学校の案内をするのは僕ということになるわけだが。

この少女からはどうも違和感を感じるのだ。


「この学校では調理実習などもするんですか?」

「ああ、食物室でね。でも毎年年末にやるくらいかな」

「きちんと刃物を使って調理を?」

「それなりにちゃんとやるよ」


「あの…ここは実験室、ですよね?」

「あー、そうだけど…」

「薬品などもこちらに?」

「まあ…あるけど鍵は一応かかってるよ」


「屋上はこちらですか?」

「そう、階段上がったところ」

「では開放されているのでしょうか」

「いや、錆びついててドアは開かないんだ」


彼女はいくつか僕に質問をしては、そうですかと答えるだけだった。

しかしどうも彼女は着眼点が少し可笑しいのだ。普通気になるであろう職員室だとか、購買部だとかには全く気にも止めていないようだった。どこか危なっかしいとでも言うのか。言うなればそう、危険のある場所にばかり反応を示しているようだった。


とはいえ何を聞けるわけでもなく、僕たちは粗方校内を回りきり、取り敢えず食堂で座ることにした。昼時には生徒が集まるこの場所も、放課後にもなればがらんどうである。


「何だか不思議そうな顔をしていますね。そんなに私の質問が可笑しかったですか?」

先に口を開いたのは彼女だった。

「いやそういうわけじゃないんだけど…」

「ふふ、いいんですよ。気になることは何でも聞いてくださって。もう少し貴方とお話ししたいところでした」

そう薄く微笑んだ彼女の背中から夕陽が差し込む。暫く言葉を詰まらせたが、元来僕は好奇心には勝てない性分であった。

「その…何というか、さ。さっきから変なとこばかりに興味持ってるみたいなんだけど…君は一体何がそんなに気になっているんだ?」

我ながら下手くそな聞き出し方だ。

しかし彼女は気にする素振りも見せずに間髪いれず答えた。

「そうですね。私はどうにかして早く消えることが出来ないものかと、その方法を画策しているのです」

「君は…消えたいの?」

「はい。出来るのなら、明日にでも」

「…それは、どうして?」

「難しい質問ですね。…強いて言うなら、私には存在する意味を感じられないのです。ずっと病室暮らしで友達と呼べる人もいませんでしたし、年頃の子のように遊んだこともありません。何を生きる指針としたらいいのか分からないのです」

そう言って彼女は目を伏せた。


僕は酷くこの状況に心を痛めた。こんなに可憐な彼女が、消えることばかり望んでいるなんて、なんて悲しいことだろうか。


「…じゃあ僕が、君の消えなくてもいい理由になるよ」

気がつけばそんな言葉が口をついて出ていた。昨日今日出会った人に掛ける言葉でないことなど分かっているが、どうしても彼女を放っておけなかった。

彼女に日々の楽しさを味わわせてあげたい。ある一種の衝動が僕を襲ったのだ。


「貴方が?」

彼女は目をしぱしぱとさせた。青紫の大きな瞳孔がこちらを射抜く。

「そう。僕が君にこれから毎日、楽しい事を教えるよ。それこそ遊びから何から何でも。今まで君の出来なかったこと、僕に叶えさせてよ。…そうしたらもう消えたいなんて、思わなくなるだろ」


暫くの間、僕たちは何も言わずにじっと見つめあっていた。そうしたまま、どのくらいの時間が経っただろう。

「じゃあ貴方は私の友達1号くん、だね」

悪戯っぽくニヒルな笑顔。その時初めて僕は、彼女の年相応な表情を見た気がした。

「…嗚呼。よろしくな」


太陽の橙に目が眩む。夜に溶けてしまいそうな、僕と彼女の曖昧な関係。

彼女が消えたくない理由に、僕はなれるだろうか。

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