第十二夜 嗜好の咎

はじめは、血の味が好きだという単純な嗜好だった。


舐めると少し塩辛くて、鉄くさい臭いがたまらない。

そして舌の先にわずかに残るその風味に、その血特有の個性があらわれる。

青臭かったり、油ぽかったりいろいろだ。


もっとも、僕が今まで血を舐めたことのある人間は四人しかいない。

その中で比べるならば、妹の血の味が一番いい。

妹はまだ十やそこらだから、余計な雑味がないのがいい。

僕には人肉を食らう趣味はないが、血でも肉でも若い方が美味いというのは真理だと思う。

ついでに言うと僕は吸血鬼でもなんでもないただの人間だから、

血を飲まなければ身体が弱っていくとか、日の光やニンニクが怖いなどということももちろんない。


ただの人間である僕が、日常の中で血を味わえる機会というのは限られる。

だから僕はその瞬間を見逃さないように気をつけている。

妹が爪切りを始めると、僕はそっと隣に座る。

彼女はよく深爪をして血を流すからだ。

そのときがきたら、僕はすぐにその指先に喰らいつく。あとはちうちうと血を吸い取るだけだ。

僕に血を吸われるとき、妹はまんざらでもない顔をしている。

彼女曰く、指を強く吸われる感触は案外気持ちの良いものらしい。

母乳をあげる母親の気分だろうか?

僕は吸う側の人間だから、そんなことはどうでもいい。

ただ、嫌がらずに吸わせてくれるのは都合が良い。


けれど、そんな僕の倒錯した欲求に、妹は年を重ねる度に応えてくれなくなった。

血を舐めるのはおかしい、指を吸われるのは恥ずかしい。

そんな正論を振りかざされてしまったら、僕にはそれを論破する術などない。

お預けをくらうと、あの美味しい妹の血をどうにかして飲みたいという衝動が、

日ごとに高まっていく。


ある日、妹が料理を作っている最中に、あやまって自分の指を包丁で切った。

点々と床に染みを作る赤い指先を目の前にして、妹の身を案じるより先にあの衝動が僕を襲った。

僕は多分、獣のような目をしていたんだと思う。


気付いた時には、僕は妹の手によって向かいの壁まで突き飛ばされていた。

忌まわしいものでも見るような彼女の目を躱しながら、僕はうつむき、悟った。

今後、妹が僕に血を飲ませてくれることはないだろうと。


それから、僕は毎夜恐ろしい夢に悩まされるようになった。

妹を刺し殺し、その血を存分にすする夢だった。

嬉々として妹の真っ黒い腹部に顔を埋める自分の姿というのは、とても正視できるものではなかった。

なのに、夢から覚めた自分が確かな充足感に満ちていると気付いた時、夢そのものよりも自分自身が恐ろしくなった。

いつ凶行を実行に移さないとも言い切れぬ自分がそこにいたのだ。


ある日、妹がナイフを持って僕の部屋にきた。

一度だけ兄さんの好きにしていいから。

もうあんな目で自分を見ないでくれ。そう彼女は懇願した。

うっすらと目に涙を浮かべて、それは哀しそうに僕を見る彼女の目を、僕は信じられない思いで見つめていた。


「バカなことを言うなよ——」


呟く自分の言葉に反して、震える右手はナイフを強く硬く握りしめていた。

あの夢でみた、どろどろと濁る甘美な光景が、目の前でぼんやりと明滅したとき。


——あ、と妹は小さく叫んだ思うと、僕の肩にしなだれるように倒れた。

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