第八夜 波打ち際のディクショナリー
まるで安っぽいドラマの一場面のように、
月明かりに照らされた夜の海には、
ひっそりとあたしの影だけが細く長く伸びていた。
波打ち際に体育座りをして、
満ちては引いていく冷たい海水に足首をさらす。
スカートが濡れることも気にならなかった。
長い髪が海風でバサバサ揺れて、
縦横無尽に流されていく所在のなさが、
まるで今のあたしの姿を現しているようで、なんだかおかしかった。
誰もいない海岸線の向こうに、
何ものかもわからない光が輝く度に、胸がドキリとする。
流れ込む潮風の強烈な匂いに鼻がツンとして、
目からこぼれ落ちる涙はますます止まらなくなる。
足下に朽ちてボロボロになった辞書を見つけた。
波にもまれてあちこちのページが剥げ落ちているのに、
あるページだけが開かれたまま動かない。風にも、波にも動じない。
それはまるであたしに見せつけるように。
honesty【オネスティー】
正直、誠実、公正。
誰がつけたのか、赤い丸で囲まれたその項目に、あたしの目は奪われた。
誠実。誠実とは何だろう。
彼の犯した不誠実に、今まさに苦しめられている私にとって、
それはもっとも見つけ難いもの。
誠実を探して生きている。
それを青いと言われるのなら、あたしは大人なんかになりたくない。
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