第3話 お前に勇者の何が分かる

「昨日はごめん。賢者(♂)の気持ちをあんまり考えれていなかった」

「こちらこそすまない。僕も軽率だった」


 朝、朝食を食べる前にこちらから賢者(♂)の部屋を訪ねて昨日の事を謝った。

 賢者(♂)も一晩経ったら落ち着いたのか、昨日みたいな様子ではなく妊娠する前の時の様な感じがした。

 お腹は相変わらず大きくなっているけど、賢者(♂)はずっと一緒に戦ってきた仲間なんだ。これからも魔王を倒すために協力していかないとな。


 と思ったのに。


「酒を飲んだまま着替えも無しに寝るなんて何事だ!君は本当に国を代表する勇者のつもりなのか?」

「どうせここは片田舎なんだろ!城や街ではちゃんとするから大丈夫だって!!」

「普段出来ない事をその時だけ出来ると思うのは愚か者の考えだ!!」

「はいはい、賢いお方は違いますねぇ!流石は賢者(♂)さんですよ!!」


 また喧嘩してしまった。


 どうしてだろう。賢者(♂)との二人旅が始まってからずっとこんな感じがする。

 最初はお互いに気を使っていたのに、いつの間にか言い合いばかりだ。

 確かに男なのに妊娠したのは精神的に負担がかかるのだろうけど、だからってこっちの気遣いを否定するのはどうなんだ?

 妊娠していようが賢者(♂)が大事な仲間なのは変わらない。だから前みたいにもっと気楽な関係で居たいのに。




◆ ◆ ◆




 そのままギクシャクしながらも旅は進み、とうとう魔王の居る城の近くの村まで辿り着いてしまった。

 賢者(♂)が妊娠しているし二人きりなのでもっと大変だと思っていたが、逆に二人だと魔物に見付かりにくい様ですんなり来れた。妊娠も安定期に入ったとかで魔法のキレが良い。このまま二人で魔王を倒せるかもしれない。


「よくぞこの最後の村まで辿り着いたな勇者よ。魔王の城へ行く前にしっかりと準備をするが良い」


 この人は村の村長を務めている魔道師のおじいさんだ。

 この村は魔王の城の近くだけあって村民全員が戦う術を持っているらしく、その中で一番強い人が村長に選ばれるのだとか。

 きっとこのおじいさんはとても強いに違いない。


「……じゃが勇者よ、お主は本当に魔王を倒す気はあるのか?」


 急に村長は杖を ビシィッ!! と突きつけ、低い声で話し始める。


「我々一般人は魔王に傷を付ける事が出来ぬ。魔王にダメージを与えれるのは精霊の加護を持った勇者と精霊に認められた仲間達だけじゃ。じゃというのに、ここに辿り着けた仲間は一人だけか!」


 村長はかなり痛い所を突いてきた。

 そうだ。魔王を倒せるのは自分とその仲間達だけなのに、ここに来るまでに自分の不注意や無謀で仲間を7人も失ってしまっている。

 賢者(♂)が残っているとはいえ、こんなていたらくでは頼りなく見えるのは仕方ないだろう。


「ええ、一人しか仲間は居ません。それに最近は喧嘩もしてギクシャクしちゃってて連携も上手く行きません。お互いに気を使っているのは分かるけど、それが空回りすつどころか相手を苛立たせてしまう。村長だけではなく誰が見ても自分達が本当に魔王を倒せるのか心配になるでしょう」

「勇者…」


 わざわざ指摘をしてくれた村長に正直に最近の事を言う。

 ここまで辿り着けたとはいえ、今の自分と賢者(♂)では魔王と戦う準備は全然出来ていないだろう。ここまで来れたのも運良く魔物に見付かる回数が少なかっただけで実力じゃない。運も実力のうちというかもしれないけれど、それだけで魔王に勝てるなら苦労しない。

 だからこそ、ここでもう一度決意を固めておかなくてはならない。

 応援してくれる王様や兵士長や城の皆や、これまでに訪れたいくつもの村の人達の為に。

 そして、最初から最後まで仲間であってくれる賢者(♂)の為にも。


「でも、それでも魔王を倒すのが勇者の役目なんです。その為にここまで来ました。

 二人だけというのは頼りなく見えるかもしれません。でも、二人だからこそ出来る事もあります。一人では出来なくとも、二人ならばお互いを支えあえる。

 確かに仲間が多いに越した事は無いけれど、それでも散って行った皆の為にも必ずこの二人で魔王を倒してみせます。ここまで来れたのも仲間達のお陰なんです!

 だから安心して下さい。僕は勇者です!仲間と共に魔王を倒す勇者なんです!!必ず魔王を倒して世界を平和にしてみせます!いや、平和にします!!」

「勇者!」


 椅子から立ち上がり、村長と賢者(♂)の前で必ず魔王を倒すのだと再度誓う。そして賢者(♂)に手を差し出し、仲直りと決意表明の握手を求める。

 賢者(♂)はそれに応え、こちらの手をしっかりと握り返してくれた。

 大丈夫だ。二人だけでも勝てる。魔王に勝つんだ。賢者(♂)と二人ならばきっと…


「じゃったら仲間を妊娠させるんじゃない!!真面目にやらんかぁ!!!」


 えぇ、そこぉ!?

 村長は賢者(♂)の臨月に近いお腹に杖を ビシィッ!! と突きつけ、物凄く怒り出す。


「最後の仲間なのに妊娠させるとは何事じゃ!お主はそんなにふしだらな勇者なのか!!少しは我慢せんかい!!」

「いや、これは自分が妊娠させたんじゃ…」

「言い訳をするな!!精霊に認められた戦士は同じ精霊に認められた戦士か加護を受けた勇者しか孕ませれん!!逆に今のお主は一般人相手じゃと孕ませることが出来ん!!王から説明があったじゃろうが!!!」


 そうなの?王様の話って長いからいっつも聞き流していた…

 でもこの場合って男の妊娠だし、その辺どうなるんだろう?


「とんだふしだらな勇者じゃ。そんなので本当に魔王を倒せるのか?大人しい顔をして我慢のならない下半身をしおってからに。どうせ仲間も嫌々相手をさせられたんじゃろう」


 村長は苛立ちを隠さずに杖で コンコン と机を叩く。

 妊婦と二人ってのはそういう目で見られる可能性があるって気をつけていたつもりだったけど、流石に自分が孕ませた前提の考え方はしてなかった。

 これ、もしかして誤解されたままだと協力して貰えないかも…

 この人は最後の村の村長だし、後は魔王を倒すだけだし、賢者(♂)の妊娠について説明しても大丈夫だよね?王様には事後承諾になるけど説明しておこう。


「い、いや、それはですね…」


バァン!!!


「お前に勇者の何が分かる!!」


 賢者(♂)の妊娠について説明しようとしたら、今度は賢者(♂)が机を叩いて怒り出した。


「なんじゃと!?」

「こいつは精霊から加護を受けるまではただの一般人だったんだぞ!僕や他の仲間達みたいに訓練を受けたわけでもないし、予め精霊に認められていたわけじゃない!今まで普通に生きてきた、ただの宿屋の息子なんだ!!あんただって魔道師なら分かるだろう!!仲間の助けがあったからと言って、何の訓練もされていない人間がここまで来れるのか!!?」

「そ、それは…」


 賢者(♂)の勢いに今度は村長が黙り込む。

 確かに自分はただの宿屋の息子だったけど、賢者(♂)とは幼馴染で他の子供達とも戦いごっことかしていたし、そんな何も無いみたいに言わなくても…


「こいつは死に物狂いで頑張ってきたんだ!自分の力が足りないからと仲間に教えを乞い、寝る間も惜しまず訓練し、そして戦闘ではいつも率先して前に出ていた!ただの宿屋の息子が僕達に頼りきりじゃいけないと一生懸命に戦ってきたんだ!その頑張りはお前なんかが馬鹿にしていい物じゃない!!こいつはふしだらな勇者じゃない!!」

「お、おちつこ、ね?おちつこ?」


 なんか凄い剣幕で怒り出した賢者(♂)の肩を抑え、とりあえず声をかけて落ち着かせる。

 いやまあ、自分の事をフォローしてくれるのは嬉しいけど、初対面の人にそんな怒らなくても。それにそんなに怒ると胎教にも悪そうだし。


「はぁ…はぁ…。僕が言いたいのは勇者の事をよく知りもしない奴が勇者を馬鹿にするなって事だ。この体の事は勇者のせいじゃない。僕が選んだことだから勇者を攻めないでくれ。

 それと……急に大声を出してすみませんでした」


 うわぁ、賢者(♂)が謝った。

 えー、なにこれ珍しい。明日雨が降るかも。


「なんだその顔は。そんなんだから君は馬鹿なんだぞ」

「はいはい、その口癖本当に治らないよね」

「むっ、僕は君の為にだな…」

「もう良い分かった。お主達を信じてやろう」




 賢者(♂)が落ち着いてくれた様に村長も落ち着いてくれたらしく、そこからは消耗品の補給や新しい防具の支給、そして魔王の城への比較的安全なルートを教えてもらった。

 魔王の城へのルートは険しい山を越える必要があるが、これまでの偵察により大型の魔物は通れない抜け穴のような道を発見してあるらしい。

 それでも小さな魔物は出るだろうが、二人だけなら上手く隠れていけば安全に魔王の城へ行けるかもしれない。


 その夜、村長から村の空き家を自由に使って良いと言われ、明日の魔王の城への潜入に備えることにした。

 村長からは最後に『ツンデレ貧乳僕っ娘幼馴染妊婦とは、久しぶりに良い物を見せてもらったわい』と言われた。

 これ多分、賢者(♂)が男って事説明しない方がいいよね?

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