第2話 もう少し賢いかと思っていたよ
「勇者、そっちに行ったぞ!」
「任せてくれ!」
ズバァッ!!ジャキンッ!! グギャー!!
腹部を真一文字に切り裂かれ、大型の魔物が崩れる様に倒れる。
ドォン!!
倒れこんでからはピクリとも動かないが、念のために倒れた魔物にゆっくりと近付き、剣を振りかぶって頭蓋に突き立てる。
動物形の魔物の中には死んだフリをする魔物も居るので、こうしてちゃんと死んだかどうかの確認は必須だ。この確認を怠ったから自分は一度目の全滅した。
「やったか?」
「ああ、もう大丈夫だ。村へ報告に戻ろう」
三度目の復活を果たしてから直ぐ、自分達は山の麓の村から『森に魔物が住み着いて困っているから助けてくれ』と頼まれて魔物退治に来た。
森に住み着いた魔物は体が大きくて力も強くて中々手ごわかったが、火を恐れるタイプだったので弱点を見つけてからは楽だった。
自分達は魔王を倒す為の旅の途中だが、こうして困っている人を助けるのも勇者の役目だと思っている。出来る限りこの国の人達の助けになりたい。
「転移魔法で戻ってもいいが、ここは胎教の為に歩いて帰ろう。妊婦の魔法の使いすぎは良く無いと言うしな」
「あ、ああ、そうだな…」
賢者(♂)は更に大きくなった腹を撫でながら、ゆったりとしたローブを翻して村の方向へ歩き出した。
◆ ◆ ◆
賢者(♂)が妊娠している事は今の所は自分と王様と大臣と王宮医しか知らないらしく、一般人はおろか兵士長にまで秘密にするように言われている。
というのも、やっぱり男が妊娠するのは前代未聞の事らしく、確かに男にも子宮はあるそうだが前例は無いらしい。
実は賢者(♂)が賢者(♀)だったんじゃないかという事にも期待したが、職業選択の時の精霊の導きで賢者(♂)とされているのでそんな事はありえない。妊娠していても股間のこんぼうは健在だったし、前立腺が胎児に刺激されているらしくて常に半勃起していた。
なので今はゆったりとしたローブとフードで体型と顔を隠し、後で縛っていた髪を解いてなんとなく女性に見える様に変装して貰っている。
歩き方や動きは妊娠しているからで誤魔化せるので、後は声だけなんとかすれば賢者(♂)だとは誰からも思われないだろう。
「へぁ~、お兄さんお腹に赤ちゃん居るんかぁ~」
「そうなんですよ、初めての妊娠なので少し心配で」
「都会の人はえっらいなぁ~、けっぱるんやでぇ~」
「ありがとうございます」
おいおいおいおい!おばあちゃんにバラしてんじゃないよ!!
思わず賢者(♂)の手を引っ張り、おばあちゃんから離して人気の無い道へ連れて行く。
「ちょ、ちょっと待て、急に動かすな。これでも吐き気や頭痛を我慢しているんだぞ」
「それを隠すなら男って事も隠せよ!」
「少しぐらいいいじゃないか。どうせ片田舎だ」
「どこからバレて大事になるか分からないだろ!せっかくこっちが気を使って隠してるってのに、ベンチに座っておばあちゃんに妊娠の相談とかどういう事だよ!!」
「始めてだから不安なんだよ!」
「だったら城で待ってればいいだろ!」
「な、この!僕だってなぁ!」
「賢者って言うぐらいだし、もう少し賢いかと思っていたよ!」
「なんだとぉ!」
それから暫く賢者(♂)と言い合いをし、埒が明かないので今夜は別々に行動する事で決着した。
賢者(♂)がこっちに黙っている事や我慢している事があるのは昔から知っている。仲間だからこそ深くは聞かなかったし、それが賢者(♂)の生き方だと思っていた。
なのに今日会ったばかりのおばあちゃんには妊娠の相談をするってなんだよ。確かに自分は男だし未婚だから妊娠について詳しく無いけど、だからって隠す努力をしているのを無にしなくてもいいだろう。せめて男って事ぐらい隠せよ。
ドンッ
「クソッ!」
ジョッキに注がれたビールを飲み干し、力任せにテーブルに叩きつける。
今までは賢者(♂)が妊娠しているからと遠慮して酒を飲まなかったが、今夜は別だ。このまま朝まで飲み明かしてやる。
「お、兄ちゃん荒れてんなぁ。何かあったのかい?」
村の酒場なので見慣れない自分が気にかかるのだろう、体格の良いおっさんが話しかけてきた。
「なんでもないですよ。それよりもビール追加でお願いしまぁーす!」
「よろこんでー!」
「おいおい、連れないねぇー兄ちゃん」
おっさんはそういいながら勝手に自分の頼んだ内臓の煮物を摘む。賢者(♂)の味覚が変わったのでこれも遠慮して食べれなかった物だ。
「大方奥さんの事だろう?」
ブフゥ!!ゴホッゴホ!!
「お、おおおおおお、奥さん!!!?」
賢者(♂)を奥さんだと言われてビールを噴出してむせる。
そんな事あるわけ無いだろと叫びそうになったが、今は女のフリをして貰っているし、妊娠しているのは見て分かるのでそう思われても仕方ないのだろう。
「なんだぁ、まだ結婚してないのか?なのに子を仕込むなんざやるねぇ」
「は、ははっ、ちょっと事情があってさ…」
あんまり誤魔化しても怪しまれると思い、無難な受け答えをする。
そうか、今までは基本的に四人でパーティーを組んでいたのでそういう目では見られなかったが、二人旅だとこういう事もあるんだな。
これからもそういう目で見られるかもしれないから、何か対策しておくか。
「なんでもいいから悩んでることを話してみな?これでも俺は20年もカアちゃんと一緒に暮らしてんだ、兄ちゃんなんかより女については詳しいぜ?」
おっさんの言う事は頼もしいが、『妊娠した男の考えている事が分からない』なんて事を相談しても頭がおかしい奴だと思われるのでどう言ったらいいのか悩む。
いやもうほんとなんなんだよ男が妊娠って。なんでこんなに自分が悩まないといけないんだよ。賢者(♂)は生き残ってくれた最後の仲間だから邪険になんかしたくないのに、どうしてこんな事になるんだ。
「どこで間違ったんだろうな…」
酔っている頭ではまともな考えが出来ず、口から言葉が漏れてしまった。
「そいつぁな兄ちゃん、正しいことなんて何処にも無いんだよ。俺達は常に間違え続けている」
「おっさん…」
そんな呟きに、おっさんは自分に運ばれてきたはずのビールを勝手に飲みながら答える。
「だけどな、一人では間違え続けている事でも二人なら片方の間違いに気付ける。三人なら他の二人の間違いに気付ける。四人なら、五人なら、そうやって俺達は間違いながらも正しい方向へ近付くことは出来るんだ」
「おっさん…!」
おっさんは煮物だけじゃなくて干し肉まで食べだした。
「兄ちゃんはまだ若いから分からないかもしれないが、そういうお互いの間違いを正せる仲間ってのは年を取るとどんどん減っていくんだ。だから奥さんの事は特に…」
「こないだ仲間が7人死んだ」
「お、おう、そうか……」
「………」
「………」
なんか言えよ。
その後、沈黙に耐えれなくなったおっさんがゆっくりと離れて行ったので、店員に干し肉と煮物の半分とビール一杯分のお金だけ払って宿に帰ってきた。
賢者(♂)とは別々に部屋を取っておいて正解だった。和解はするつもりだけど今晩はどんな顔をして会ったら良いか分からない。
とりあえず一番寝てから考えよう。頑張ってくれ明日の自分。
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