広がる世界

第17話 これからのこと

「荒療治で悪かったね、ルイちゃん。

でも魔術でしか止められなかったんだ、それだけは」

リデルが両手を合わせて謝ると、ルイも同じ仕草で謝る。

「…ごめんなさい!工房を荒らしてしまって、魔術まで使わせてしまって」

ライカに起こされたルイの目の光は落ち着き、牙は短くなっていた。

髪だけは伸びたままだったが。

「何はともあれ、落ち着いてくれてよかったよ本当に」

ライカはルイの頭を軽く撫でた。

「リデル、ありがとう。感謝する」

「ありがとうございます、わたしはもう少しで混沌に飲み込まれるところでした」

2人から一度に注目されたリデルは、

気恥ずかしさから顔を隠した。

「止められるのは魔術師の俺しかいなかったし、そのうえ俺の工房が壊されちゃたまらないから止めたんだ」

「ああ、恥ずかしい」と繰り返す。

ルイは伸びた自分の髪を不思議そうに触って、

「…リデルさん、髪留めとか持ってたりしませんか?」

と尋ねた。

リデルは手首に引っ掛けていた髪留めを手渡した。

ルイはさっと髪を留めると、えへへと笑ってみせる。

その笑顔は先程の狂気に満ちた姿とは似ても似つかなかった。

ライカとリデルはため息をついた。

「ルイ、さっきので何か思い出した事はある?」

「…はっきりとは言えないんだけど、吸血鬼がたくさん住んでる国みたいなのがあって」

「吸血鬼の国か」

リデルが即座に反応し、本のページをめくり始めた。

「わたしはそこに住んでるみたいで、でも人を襲ったり血を吸ったりはしてなかった。他の吸血鬼たちもそうだったと思う」

「…伝説上の話になら吸血鬼の国は存在するが、現実にそんな国があるなんて俺は聞いたことがない」

「わたしもさっき初めて知ったから詳しくは言えないけど、確かに存在するって、本能が告げてるの」

「そうか…君がそう言うなら本当にあるんだろうな、俺はこの目で見てみたいよ、吸血鬼の国を」

「リデルさん」

「改まってどうした」

「わたし、きっとその国に答えがあると信じてます。だから、お願いなんですけど…わたしたちと一緒に来てくれませんか」

「…俺が?」

リデルは自分を指差し、拍子抜けしたように笑った。

「俺はここに工房があるし、魔術師といっても強くはない。役に立てるかと問われれば否だろう」

「わたし、さっきリデルさんが使った魔術の感覚を覚えてます。荒療治なんて言っていたけど、実際はとても暖かくて、やわらかい光でした」

ライカがルイの隣に立って、

「おれからもお願いしたい。おれひとりではルイを守れない、おれは平凡な人間だ」

リデルに深々と頭を下げた。

「…どこにあるかわからない国を探す旅に着いて来いと、そう言いたいのか?」

「ああ、お前にしか頼めないんだ」

ライカは再び深々と頭を下げた。

「お前にそんなこと言われたら断れないじゃねえか」

リデルはため息をついた。

「借りを返せと言ってるわけじゃない。迷惑なら断ってくれて構わない」

「いいや、迷惑なんかじゃねえけど、本当に俺でいいのか?後悔しても知らないからな」

ライカは顔を上げた。

ふとリデルと目が合い、彼の幼い頃の姿を思い浮かべた。

幼い頃から独りだったリデルが、やっと独りではなくなるのだと思うと涙が出そうになる。

「またお前と一緒にいられて、おれはうれしいよ」

「リデルさん、ありがとうございます、わたしはこの恩を忘れません」

「わかったからふたりしてそんな目で見るな、恥ずかしいだろ」

顔の前で手を振って、リデルは必死でごまかした。

「相変わらず照れ屋だな」

「…うるさい、うるさい!」

ライカの胸元を叩きながらリデルは抵抗したが、確かに照れている。

「おふたりはとても仲の良い友人なんですね、よくわかりました」

「ルイちゃん?寧ろ俺たちをなんだと思ってたの」

「ライカが“知り合いだ”と最初に言ったので、そんなに親しくないのかなと思ってました、けど杞憂だったみたいです」

「…見直した?」

「ええ、さすが20年来のお付き合いだと思いました」

「もう20年も経つのか…」

ライカは遠い目で工房の壁を見た。

「ルイちゃん、ちょっと失礼かもしれないけど、いま何歳?」

リデルはずっと疑問に思っていたことを尋ねてみた。

「すみません、出生を覚えていないので年齢もわからないんです」

「ああ、そういうことになるのか。吸血鬼は不老不死に近いと聞くから年齢なんて関係ないけどな」

「いくつに見えたんです?」

「えっ」

「いくつに見えました?わたし」

「えーと、17歳か18歳」

「未成年ってやつですね、人間でいうところの」

「そうだよ」

「ふふ、それならいいです。今からわたしは17歳って事で」

「俺は25だ」

「おれも」

「俺とライカが幼馴染で、ルイちゃんはライカの妹ってことにするか?」

「わたしはそれでいいです、というかその設定でここまで来たんですけど」

「ぜんっぜん似てねえけどな」

リデルが珍しく声を上げて笑った。

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