第16話 魔術師の本領
リデルはしばらく経って、手に大量の本を抱えて戻ってきた。
「…吸血鬼の文献が多くてな、捌くのに時間かかちまった」
すっかり冷めたお茶を注ぎ足して、彼は本を開いた。
「ルイちゃんは、気がついたら吸血鬼だったと。記憶が飛んでるって事でいいかな」
リデルはルイの隣の席に移動して彼女をまじまじと見つめた。
「はい、おそらくそうです」
「人を襲った記憶はある?」
「いいえ、それはありません。わたしは誰も襲ってはいません」
「わかった、それじゃあ吸血衝動を感じたことは?」
「それもありません」
リデルはメモを取りながら唸った。
「…誰かに記憶を消されているのかもしれない。俺はそう感じる」
「わたしの記憶が、消されている?」
「ああ、あまり聞きたくないことだろうが、言わせてもらう。吸血鬼は吸血してこその吸血鬼だ。その本能ごと君はいまの状態にされた可能性が高い。
つまり、君は元々は…立派な吸血鬼だったってことだ」
ルイは放心状態になって顔を覆った。
代わりにライカが話を続ける。
「リデル、それは本当か」
「可能性は高い。魔術師のプライドにかけてそう断言できる」
「もしそうだとしたら、ルイはいったい誰にそんなことを…」
「そんなことができるのは魔術師か、
あとは…原初の吸血鬼の二択だ」
「原初の、吸血鬼?」
「簡単に言えば、ルイの親みたいなもんだ。吸血鬼は自然に生まれるわけじゃない。親元が必ずいるんだ」
「…なんか複雑でよくわかんねえよ、親ってなんだよ、吸血鬼だろ?」
「吸血鬼を新たに生み出す能力を備えた吸血鬼がいる。それが原初の吸血鬼と呼ばれる存在だ」
「何よそれ、わたしは…」
ルイは今にも壊れてしまいそうな声でつぶやいた。
まるで現状を理解できていない。
当然のことだ。
「ルイ、大丈夫か…ってそんなわけないよな」
ライカは彼女の手を握って落ち着かせようと試みた。
が、無駄だった。
「わたしは結局、あいつらと同じ吸血鬼に過ぎないってこと?人を襲うことが快楽で血が大好物のあいつらと?
どうして、わたしだけは違うと思ってたのに」
「まだそうと決まったわけじゃない、別の可能性だって」
リデルも宥めようと試みたが、ルイはだんだんと落ち着きを失っていくばかりだ。
「…可能性なんて、可能性でしかないでしょう?そんなものにすがるくらいなら、わたしは潔く認めるわ」
「ルイ」
「わたしは、私は、吸血鬼よ」
突如、ルイの目が赤く光り、髪は伸び、牙が姿を現した。
轟音と暴風が工房を一蹴し、荒らして回る。
本やティーカップが砕けた。
ライカとリデルは突然の変化を飲み込めず立ち尽くした。
吹き飛ばされないように必死で卓につかまり、時が過ぎるのを待った。
「なんだよ、これ」
「…ルイちゃんはどうやら本物の吸血鬼みたいだね、残念ながら」
「止められないのか」
「あれはおそらく記憶の衝動だろう。
彼女自身にしか止められない」
「記憶が、戻ったってことか」
「有り体に言えばそうだな」
「…おれたちは襲われたりしないのか?ルイは自我を失ってる」
「さすがに本能までは回復していないと信じたいが…さてどうだろう」
「お前の魔術でなんとか止められないのか」
「それができたらとっくの前にやってるよ、吸血鬼と魔術師は相性が悪いんだ。お互いにね」
工房の中は暴風で荒らされ、紙や宝石、食器が宙を舞っている。
「…巻き込んで悪かった」
「最初にお前を巻き込んだのは昔の俺だよ、あの時が縁の始まりだ」
「あれは偶然のことだ」
「だからお互い様って事で」
リデルは手のひらを宙に向け、短い呪文をつぶやいた。
薄い緑色の閃光が一瞬迸り、浮いていたあらゆる物を落ち着かせる。
暴風すら食い止める閃光は、吸血鬼の少女をもとどめた。
「…すげえ、これがお前の魔術か」
ライカが感嘆して思わず言った。
「これ以上、俺の工房を荒らされちゃ困るからね」
散らばった物たちは元の場所に戻っていく。
吸血鬼の少女は重心を失い、崩れるように倒れた。
ライカが彼女の元へ走る。
「荒療治だな」
「ルイちゃんには後で謝るよ」
リデルは苦笑いしながらライカの後に続いた。
工房に再び平穏が訪れた。
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