第15話 吸血鬼と魔術師

「…リデル、おれが今から言うことをよく聞いてくれるか」

ライカの真剣な表情にリデルは圧倒された。

ルイは固唾を飲んで見守る。

「ああ、それがその“俺に聞いてほしい話”ってやつか」

リデルはティーカップを傾け、中身が残っていないのを見て席を立った。

「すまないが、お代わりを用意するから待ってくれないか」

ルイはリデルが去ってライカと2人になり、気まずさで気が狂いそうになった。工房を見回すことで紛らわせようとした。それさえできなかった。

無言のままのふたりを見たリデルはため息をついてお茶のお代わりを卓に置いた。

「たくさんあるから好きなだけ飲んでくれよ、遠慮せずにな」

ライカとルイのティーカップにそれぞれ注ぎ足すとリデルは腰を下ろした。

「…それで、話ってのは」

リデルはライカの目を見つめた。

この話がとてつもなく大きな物事であることを悟った。

その目は多くを語っていた。

「今から話すのは嘘偽りない本当のことだ、それだけは心に留めておいてくれ、頼む、リデル」

「お前の目を見ればわかる。さっさと聞かせてくれ、俺も気になるんだ」

ライカは深呼吸した。

ルイは相変わらず彼を見守り続けている。

「ルイは…彼女は、吸血鬼なんだ」

リデルの目が見開かれた。

そしてルイとの距離を取った。

「…吸血鬼だと?!馬鹿な、こんなに落ち着いた吸血鬼などいるはずがない!俺のこの工房には奴らは立ち入れないように結界を張っているんだ!」

リデルは立ち上がって、ライカの影に隠れるように立った。

「この女の子が吸血鬼だと証明する術はあるのか?俺は信じることができない、できるわけがない!」

すっかり動転したリデルの肩に、ライカはそっと手を置いた。

そしてルイに目を合わせ、彼が動転するのも仕方ない、と伝えた。

「ああ、信じるのは難しいだろう。

彼女は無害な吸血鬼だ。街で襲われた子供たちのことを気にかけてもいる。

心優しい吸血鬼なんだよ、ルイは」

リデルがそっと彼女を目で捉えた。

ルイはそんな彼としっかり目を合わせて、これが真実だと伝えた。

「リデルさん、わたしは吸血鬼です。

だけど自分がいつどこで生まれたのか、なぜ吸血鬼なのか、なぜ衝動的ではないのか、わたし自身にもわからないんです。だから証明はできません。

だけど信じてください。

わたしは、吸血鬼なんです」

リデルがふっと目を逸らしてうつむいた。

動転した己を恥じるような素振りを見せ、ティーカップの茶を飲み干した。

「…わかった、それが事実だと認めよう。だが、俺は吸血鬼を歓迎しない。

この工房に張られた結界が君には見えるのか?ルイちゃん」

「うっすらとは見えます。あなたが吸血鬼を歓迎しないのは当然だと思います。街の人間はみなそうです。でもライカは違ったんです、彼はわたしが吸血鬼であると真っ先に信じ、わたしの頼みを聞いて、着いてきてくれると誓いました」

「着いてくる?どこに行くつもりなんだ、ライカ」

ライカは手を下ろし、リデルの手を握った。まるでルイの手を握るときのように、できるだけ優しく。

「おれは途中で死ぬかもしれない。化け物になるかもしれない。お前とはここで会ったが最後かもしれない。…それでもおれは、ルイと答えを探す旅に出るよ。どこに答えがあるかなんて誰も知らないんだ」

「ライカ…お前ってやつは、本当に」

リデルがさらにうつむいて動かなくなった。そして肩を震わせて泣いた。

地面に涙の跡が次々と現れた。

ライカとルイはしばらく黙っていた。

リデルは長い間ひとりで泣いていた。

「突然押しかけてこんな話をして本当に申し訳ないと思ってる」

ライカは頭を下げた。

ルイも真似して頭を下げる。

「…謝ることじゃねえよ、俺が勝手に動転して勝手に泣いてるだけだ」

リデルは目をこすって涙を拭った。

「ルイのことで聞きたいことがあって、お前を訪ねて来た。そこまでは覚えてるか」

「ああ、もちろん」

「お前はさっき派手に動転してたが、つまり衝動性のない吸血鬼は見たことがないってことでいいか」

「そうだ、見たことも聞いたこともない。俺は知らない」

「わかった。じゃあ、吸血鬼そのものについてはどこまで知っている?」

「ちょっと待っててくれ、資料を取ってくるから」

リデルは工房の奥の部屋に駆け込んで行った。

ふたりはそんな彼の背中を見つめた。

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