第10話 無難な幕開け

幸運なことに橋を歩く人は誰もいない。ライカとルイは手を繋ぎながら長い橋を渡りきった。

サライまではあと少しだ。

検問が行われるゲートへと向かう。

そこにも人の姿はない。

時間が時間ゆえに当たり前である。

いまは午前5時を少し回ったところだろうか。

空はもうほとんど水色に染まった。

白い雲がなだらかな流れに乗って流れてゆく。

穏やかな早朝の雰囲気に、ふたりは安堵した。

「…なんか拍子抜けした」

ルイがぼやくとライカが笑った。

「まだ検問があるから」

「そうだけど、検問の人、うたた寝してるよ?やる気なさそう」

「まあな、でも細心の注意は払っておこう。今後のために」

「わかった、気をつける」

ルイは深くフードをかぶり直した。

「おれの話に合わせてくれればいいからさ、肩の力抜いとけよ」

ぽんぽん、とライカがルイの肩を叩いた。ルイはまた胸の痛みを感じた。


サライに赴くリーウェントの人間はほとんどいない。それゆえに国境の警備も甘く、検問官はうたた寝をしている始末だ。サライの東側では全く異なる光景が見られるのだがそれはまた別の話ということで。


ライカが先陣を切り、検問官に声をかけた。

「リーウェント帝国から来ました。私はライカ、こちらは妹のルイです、妹は風邪をひいているのでフードをかぶっています。サライへの入国をしたいのですが」

検問官はぱっと起き、目を白黒させながら2人の名前をもう一度尋ねた。

ライカは同じ事をもう一度言い、検問官は眠たそうに記録を取った。

「…はい完了。どうぞ通って」

「ありがとうございます」

ルイもお礼を言おうと思ったが、風邪をひいている設定なので声を引っ込めた。

声が出ないってことにしておこう。

「…妹さんはお大事にね」

検問官から思わぬ言葉をかけられ、ルイは驚いた。慌てて頭を小さく下げるとライカのあとに続く。ライカはどんな顔をしているのか見えないが、おそらくにやついているだろう。悔しい。

「しばらく歩こう」

ライカの提案にルイは黙って頷いた。

あの検問官から聞こえる範囲では黙っておこうと決めた。

厄介なことにはなりたくない。

ライカもそれを察したようで、ふたりは早朝のサライの街をゆっくりと歩き続けた。

10分近く歩き続けた時に、もういいだろう、とルイは声を発した。

「…おなかすいた」

ライカはルイが黙っているのに慣れてしまったのか、気づいていない。

「ルイ、なんか言ったか?」

「…おなかすいた!」

腹の音は吸血鬼なので鳴らないが、空腹感はきついものだ。

それに、ライカもそろそろ空腹を感じる時間のはずだ。

「ああ、そんな時間だな。どこかで買おう…店はまだ開かないか」

ライカは周囲を見渡して開いている店を探したが、どこも開いていない。

「…困ったな」

途方に暮れるふたりはもう少し歩いてみることにした。

ライカは疲れていないだろうか?

ルイは少し前を進む背中を見つめながら考えた。

吸血鬼のルイは歩きくらいでは疲れないが、ライカは人間でありそのうえ夜勤明けだ。

きっと疲れている。

もう少しの辛抱だ。街が明るくなればどこの店も開くし、人間に紛れ込むこともできる。

ルイは黙って歩き続けた。

なんとしても、故郷に辿り着かねばならないのだから。

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