あたらしいまいにち
第8話 解雇されて新生活
「ライカさんは後悔してませんか?」
2人で手をつなぎながら歩いてライカさんの自宅へと向かう途中のこと。
午前4時すぎくらいだろうか、少しずつ空が明るさを増しているのがわかった。
紺色の空は段々と水色の空になる。
「してないよ、おれは後ろを振り返らないから」
どこまでよくできた人間なんだろう。
まるで人間全般に対する印象が様変わりするかのようだ。
さすがにそれは無理があるけれど。
「それより、その“ライカさん”ってのやめないか?なんかくすぐったい」
ライカさんはわたしの手をしっかりと握ってくれている。
「呼び捨てを、してもいいって?」
「ん、そういうこと」
手のひら全部でライカさんの温もりを感じながら、わたしは口を開いた。
「ライカ」
「なんだい、ルイ」
「ふふふ、わたしいまとってもしあわせです」
人間から忌み嫌われる存在である吸血鬼のわたしが、人間のライカと手を繋いで名を呼び合っている。
これを幸せと呼ばずしてなんと呼ぶのか。わたしは知らない。
「そろそろ着くよ、おれの実家」
残念ながらルイは入れないけど、と申し訳なさそうにライカは笑った。
「わたしは少し離れたところで待ってます。ゆっくり、はできないと思うけどちゃんとお別れしてきてください」
お別れできるのは家そのものだけなのだが。家族は眠っているし、吸血鬼と旅に出るなんて知ったら力ずくでも引き戻されるだろう。ライカは母親の顔を思い出して少し涙ぐんだ。
「じゃ、ルイはここで待ってて。周りには気をつけて」
「うん、いってらっしゃい」
ライカはルイを置いて駆け出して行った。
繋いでいた手の温もりは冷めつつあった。ルイはふと考えた。ライカは実はこのまま戻ってこないのではないかと。家族の寝顔や実家のあれこれを見てしまい、気が変わってしまうとか。
はたまた最初からそのつもりでルイをここに置いて行ったのか。
不穏な考えは連鎖するばかりだ。
どうかわたしを置いて行かないで、と願うことしかできなかった。
空はだいぶ明るくなり、水色の比率が多くなっている。
ルイはふつうの吸血鬼と違って日光に対する耐性があるため、空の色が変わっていく様子を眺めるのが好きだ。
ライカは「完全に明るくなるまでには戻ってくる」と言った。
その言葉を信じたい。
どれくらい経っただろうか。
向こうから人間の駆け出す足音が聞こえてきて、ルイは不意に身を固めた。
吸血鬼である自分が人間を怯えるなどおかしな話だが、人間からの迫害は絶えることがないからだ。
「ルイ!待たせてごめん!」
足音の主はライカだった。
手に2つの大きな袋を提げて、背中にはカバンを背負っている。
それがライカの生活道具のようだ。
「わたし、ひとつ持つよ」
ライカの右手から大きめの袋を受け取り、手に提げた。
「利き手は空いていた方がいい」
「さすがルイ、確かにそうだな」
ルイはへへっと笑って得意げな顔をした。さっきまでの不穏な考えは杞憂だったようだ。それでよかった。
「これからどこに行く?ルイ」
「まずは隣国のサライに」
「了解、川を渡るってことでいい?」
「うん。渡るのは橋だけど…」
あの河川敷で亡くなったこどもたちのことを思い出した。
あの子たちはきちんと弔ってもらえただろうか。
親や兄弟たちは何を思うだろうか。
ルイの胸にはそれが引っかかっていた。
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