第6話 だってわたしは吸血鬼

開けてくれたことが嬉しくて、わたしはつい、ずいと前に出てしまった。

中の平民と思われる人間は、うわっと声を上げて後ずさりする。

その人の後ろで椅子に座って寝ていた男の人も同じく飛び起きた。

「なんだよ、ライカ、どうした?」

「どうしたじゃねえよ、吸血鬼だよ吸血鬼、昼間の!」

ドアを開けてくれた彼の名は“ライカ”というらしい。素敵な響きだ。

わたしがドアの隙間から彼の姿をじろじろと見ているうちに、屋敷の中が騒がしくなって来たのがドア越しに伝わって来た。

「ライカ、とりあえずドアに鍵をかけろ!僕はご主人に伝えてくる」

ライカさんの同僚が背を向けたその瞬間、彼はドアを大きく開けて飛び出してきた。吸血鬼のわたしもなにが起こったのかわからず戸惑う。

「えっ、よかったんですか、出て来ちゃって」

「よくないけど、きみからは吸血鬼特有の邪悪さを感じないから」

「わたしだって吸血鬼ですけど、怖くないんですか」

「おれは吸血鬼を何匹も見てきた。みんな邪悪な雰囲気を纏った恐ろしい連中だったよ」

「…わたしは恐ろしくない?」

「ああ、恐ろしくない」

ライカさんはわたしの目をしっかりと見て言った。赤い目なんて、ふつうの人が見たら怖くて仕方ないはずなのに。やっぱりこのライカさんが“あの人”で正解らしい。

[わたしを怖がらない人]が実在すると初めて知った。途端に涙が出た。

「あ、おい、どうした?おれなんかまずいこと言った?とりあえずごめん」

ライカさんは手のひらを目の前で振って必死に謝ってくる。その姿がなんだか可笑しくて、わたしの涙も少しずつ笑いが混ざったものに変化した。

「いいえ、これは嬉し涙です」

涙声で伝えた。誤解されたままだと居心地も悪いし何より彼に申し訳ないから。

屋敷の主人と思われる男性が怒鳴り声を上げて階段を駆け下りてくる音が聞こえる。

同僚の男性から報告を受けてすぐに来たらしい。

吸血鬼が怖くないのか、はたまた怖さのあまりか。後者だろう。

「吸血鬼がなぜここにいる!ライカ、お前もどうして接触した?答えろ!」

屋敷の主人は大激怒の様子でライカさんの胸ぐらをつかんだ。

「やめてください!おれも彼女もなにもしていません!ドアを開けて彼女の事情を伺っていただけです!」

ライカさんが必死で抵抗する。

同僚の男性や召使いの方々は遠巻きに彼らとわたしを見ている。

結局は好奇心が勝つのだろう。

わたしにも牙はあるけれど、他の吸血鬼ほど鋭利じゃない。

見せたところで人間を驚かすことも出来ないし、実際に血を吸いたいとも思わない。

わたしはなにも出来ずに2人の取っ組み合いを見ているしかなかった。

2人とも、目の前に吸血鬼がいることを忘れたかのような熱中ぶりで、屋敷の召使いさんたちが慌て始めた。

「ご、ご主人、もうやめましょう」

男の召使いさんが主人の肩を掴んでライカさんから引き剥がした。

「なにをする!ライカは吸血鬼をこの家に入れようとしたんだ!離せ!」

「ご主人、落ち着いてください!」

ライカさんは突然放り出されて唖然としている。わたしは彼に近寄って行って、耳元で囁いた。


「…きみと、答えを探したい」

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