第5話 運命の扉を開く

硬いベッドから身を起こし、夜間警備の支度をする。

支度といっても、髪を整え、夜用の衣服に着替えるだけだが。

それに今晩は玄関に十字架が貼ってあるから安心感もある。

片手に警棒としての鉄の棒を持ち、狭い仮眠室から這い出した。

夜間のため屋敷の大部分は暗い。

主人も疲れきって眠ってしまっただろうか。

暗い廊下を小走りで進み、明るい玄関へと急いだ。

同僚は既に到着していて、彼は壁の十字架を指で突いていた。

「なにやってんですか」

後ろからそっと声をかけると、同僚は肩を震わせ振り返った。

「なんだあ…ライカか、びっくりしたよ、もう!」

彼は顔を真っ赤にしておれの胸をぽかぽかと叩く。

痛い痛い、と軽口を叩きながら2人で警備を始めた。


2時間が経ち、時計の針は午前2時を回った。

玄関及び屋敷には特に変化なし。

隣で椅子に座った同僚がうとうとしているのを見て、顔がほころんだ。

おそらくこの屋敷でいま起きているのはおれだけだろう。

さっき同僚がやっていたみたいに、壁の十字架を指で突いてみた。

もちろんなにも起きないけれど、気休めにはなる。


午前3時、おれも少しだけ眠気を感じ始めた頃のことだ。

玄関ドアがコツコツと鳴っているような気がして、おれはそっと扉に近づいた。同僚は相変わらずうとうとしたままだが放っておいた。

昼間の吸血鬼騒動で疲れているに違いない。こいつは仮眠を取っていないから特にだ。

ドアのスコープをそっと覗く。

なにも見えない。

しかしドアはコツコツと鳴る。

こんな夜中に訪問者があったことは一度もない。

おれの家族になにかあったとか?

それともご主人の取引先の人間か?

同僚の恋人か?


考えられることをなるだけ考えたが、どれも不自然でどこかおかしい。

それじゃあこの音の正体はなんだ?

何かが、そこにいる。



わたしは夜の街中を何時間も歩き続けた。

途中で走るのは辞めて、明るいうちは身を隠した。

容姿の噂が広まれば、わたしはここにはいられなくなる。

この国にも迷惑がかかる。

もうかけてるかもしれないけど、と投げやりに考えながらひたすら歩いていると、わたしの頭の中で一縷の光が弾けた。

“ここだ!ここにあの人はいる!”

頭が必死に叫んでいるのがわかった。

こことは一体どこよ、と周りを見渡せば、玄関に明かりのついた大きな貴族の館があった。貴族?

わたしは貴族が好きではない。

いつも偉そうにして、かといって窮地に陥るとみじめな姿になる。

誰かに守られていないと夜も眠れず、吸血鬼のことばかり考えているのだろう?

目の前のこの屋敷の玄関が明るいのは、眠る貴族たちを平民が警備して守っているからなのかもしれない。

それならその人間が、“あの人”にあたるということか。

善は急げ、という言葉を極東の国で聞いたのを思い出した。

ドアをノックすることくらいは許してほしい。開けてくれ、とまでは言わないから。

祈るような気持ちで、ドアを叩く。

何回も、何十回も。

昼間の吸血鬼騒動で警戒心が高まっているのか、ドアは微動だにしない。


おねがい、あけて。

わたしは、あなたを探してここまで来ました。


すっ、と手から扉が離れていく感覚を敏感に感じ取った。

開いた、ついに開いた、開けてくれた。

やわらかいライトの光が少しだけ扉から漏れて、中から声がする。

姿は見えない。警戒されている。

「…どちら様でしょうか?」

「わたし…わたし、は…」



いつまでも鳴り止まないノックに苛立ちを覚え、少しだけ開けて呼びかけてみた。

「わたし…わたし、は…」

少女の声?やはり同僚の彼女か?

それならドア越しに叫んで、うとうとしているこの同僚を起こすはずだ。


片目で、ちらりとドアの隙間から覗いた。おれの顔は見えていないはずだ、大丈夫。


「わたしは、昼間の…」


昼間の…吸血鬼?!

どうして吸血鬼がここに?

誰との因縁で?まさかおれ?

鎌を持ち出したから怒ってる?


混乱は次から次へとわけのわからない憶測を呼び、もう何が何だか。

昼間の吸血鬼といえば、人を襲わず吸血すらしないというあの中途半端な吸血鬼か。少女の姿をしていたとは知らなかった。

長い黒髪に赤い目。

たしかに容姿は吸血鬼だが、そこに立つ彼女からは暴力的な雰囲気をいっさい感じることができない。

彼女は、本当に、吸血鬼なのか?

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