第3話 命運は誰の手に

おれが使用人として働いている館にも、吸血鬼騒動の波紋が広がってきた。

館の主である貴族たちは慌てふためき、門を厳重に警備するよう使用人たちに命令した。

おれは十字架の巻きついた大きな鎌を持たされ、門の外で立っている。

まるで人質になった気分だ。

貴族たちは暖かい館の中で怯えながら過ごしているが、おれは門の外でさらに怯えている。これでは使用人ではなく奴隷ではないか。

この吸血鬼騒動が収まったらここを辞めてやろうと決意しつつ、鎌を構え直した。やけに重い。

鎌より十字架のほうが重いのでは?と思いつつ、黙って警備を続けた。

門の前を混乱して逃げ惑う人々や、より遠方の地に避難する貴族たちの馬車がひっきりなしに通る。

貴族はいいなあ、お気楽さまで。


貧しくも裕福でもない平々凡々な家庭で生を受けたおれは、貴族の館で使用人として働かせてもらっている。この館で働いている使用人はみな、おれと同じくらいの身分の人たちだから、気軽に声をかけることができる。仕事中の雑談や世間話も楽しみの1つである。その仲間たちもすっかり吸血鬼騒動に気を取られてしまって、誰もおれが外に立っていることなんて気にもかけない。彼らは館の中で貴族たちを守るという名目で、安全なところにいるのだ。


おれは門の外の警備に当たる前に、ちょっとした遺書をこしらえてきた。

もしかしたらここまで吸血鬼が来て、おれの首もとから血を吸い上げてしまうかもしれない。

遺書といっても、誰かに宛てたものでもなく、ほとんど自分の名誉のために書いたようなものだ。

できれば吸血鬼騒動が無難に収まり、いままで通りの生活が戻って来てほしい。仲間たちと一緒に働いて、汗を流して、夜は家族と過ごす。

そこに吸血鬼の陰など要らない。

無事に帰還できたらあの邪な遺書は破棄してしまおう。それもある意味自身の名誉のためだ。


下がってきた鎌をまた構え直して、まっすぐ前を見た。

慌しい風景は変わらないようだ。



「わたしに血は要らないの」

思ったことをありのまま告げただけなのに、背の高い吸血鬼は激昂した。

「おまえは上位個体だったなあ、忘れてたよお、なあ」

早くこの下品な連中とおさらばしたい。わたしは下品な吸血鬼なんかじゃない。かと言って上品かと言われるとうろたえるけれども。

「こどもたちの親に勘づかれる前に消えるぞ」

長髪の吸血鬼が促したが、一歩遅かったらしく、大人のひとりと目が合ってしまった。

女性は大きな悲鳴をあげ、

「吸血鬼よ!吸血鬼が出たわ!こどもたちが死んでるの!」

と叫びながら近くの教会に駆け込んで行った。

「吸血鬼?」

「なんだなんだ、ついにこの国もお終いか?」

野次馬がもう既に来ていた。

いつの時代も、連中の行動は素早い。

「吸血鬼は殺してしまえ!」

男たちが大きな十字架を掲げて吸血鬼たちの前に現れた。

「来やがった!エサの方から来るなんてな」

背の高い吸血鬼が叫んだが、十字架を目にしたとたんに唸り声を上げた。

「おい、あれを見るな!」

長髪の吸血鬼がいちばん背の低い吸血鬼の目を手で隠した。

背の高い吸血鬼は、

「やっぱりこんなとこ来るんじゃなかったわ!」

と断末魔をあげながら消えた。

男たちが残りの3匹に近づいて来る。

背の低い吸血鬼の目を手で覆ったまま、長髪の吸血鬼たちはともに去っていった。

「ちっ、ヤツら瞬間移動しやがったのか?!」

男たちがざわめきながら周囲を見回し始める。

……わたしのことは吸血鬼だと認識していない、されていない。


それを確認してから、わたしは街へ飛び込んだ。

が、やはり野次馬は侮れない。

飛び込むわたしを捉えた女が叫んだ。

「吸血鬼が街に入った!逃げて!みんな隠れて!はやくはやく!」

あなたは隠れなくて平気なの?とわたしは心の中で投げかけたが、当然返事はない。

まあ、血を必要としないわたしに、野次馬など関係ないのだけれど。

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