第2話 走るは吸血鬼
いくぶん走ったのか、記憶にはない。
わたしはなにを求めているのか、分からなくなりそうなくらい走り続けた。
この国のどこかにあの人がいると、わたしの直感が言うのだ。
ここ、リーウェント帝国は教祖を始めとして教会が群れを成す大国だ。
吸血鬼が侵入したことは1860年間一度もなかったという。
どこまでが本当でどこからが嘘なのかはわからないけれど、2000年近く繁栄し続けるこの国だからこそ、あの人もいるのだろう。きっとどこかに。
名前も顔も知らない。年齢も知らない。ヒントなどひとつもない。
それでもわたしは見つけなければならない。
……わたし自身の答えを探すために。
*
吸血鬼たちはアルム川のほとりで右往左往した。なぜならこの国は教会が多い。その圧力は他の国とは比較できるものではなく、彼らの顔には疲労が浮かんでいた。
「まだなんにもしてねえのによお…疲れちまったな」
背の高い吸血鬼がぼやいた。
「ここに入れたヤツはいねえってさ」
フードを被った長髪の吸血鬼が呆れたようにつぶやく。
「教会が乱立してるからねえ、ぼくも疲れたよ、帰りたい」
いちばん背の低い吸血鬼が欠伸しながら眠たそうに言った。
「バカ言え!せめてそこらのガキの血でも吸って英気養っとけよ」
「そうさな、俺はそうするよ」
「…ぼくもそうする」
3匹の吸血鬼たちは辺りを見回した。
アムル川は広い河川であり、河川敷もそのぶん広い。
国境であるゆえに人の数が多く、吸血鬼たちにとって絶好の場だ。
「あそこにガキの集団がいるぜ、あれでいいか」
「ああ」
「うん、若い血は新鮮で美味しいからね」
こどもたちはなにも知らずに遊び続けている。せめてこの場にひとりでも大人がいればよかったのだが。
「おい、ガキども」
背の高い吸血鬼がこどもの一人に話しかけた。
「お兄さんたち、どうしたの?」
こどもは無垢な目で吸血鬼たちを見ている。
これから自分が殺されることなど、みじんも知らない無垢な目だ。
「どうもしてねえけどよ、ちょっと首もと見せてくんねえか?」
他の国の人間から見れば彼らは明らかに吸血鬼だ。しかしこの国には吸血鬼が侵入したことが一度もない。つまりこどもたちは吸血鬼を知らない。見たこともない。話すら聞いたことのないこどもたちもいるだろう。
背の高い吸血鬼は、話しかけたそのこどもの首に鋭い爪を立てて捕まえた。
「痛い!痛いよお兄さん!」
こどもが叫ぶ。
周りのこどもたちは何が起こっているのか分からず呆然としていた。
「それじゃあ、いただきまーす」
背の高い吸血鬼がこどもの首もとに牙を立てた。そして次の瞬間、勢いよく血を吸い取った。こどもは血を抜かれ、ばたりとその場に倒れて動かなくなる。周りのこどもたちが集まってくる。他の吸血鬼たちも背の高い吸血鬼に続いて吸血を始めた。
あっという間にこどもたちは全員が命を落とした。あっけなかった。
「おい、お前は吸わねえのか?」
背の高い吸血鬼が、3匹の後ろで突っ立ている4匹目の吸血鬼に話しかけた。彼女は虚ろな目で惨劇を見つめているだけで、血を吸うそぶりすら見せない。若者の新鮮な血を前にすると吸血鬼は冷静さを失うが、この吸血鬼は動こうともしない。
「わたしは血なんて要らないの」
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