第2話田舎のビバリーヒルズにて。

その夜、僕は詩乃しのの笑顔を久しぶりに見た。メイクがいつもより濃い。




隼人はやとの家を訪ねる前に、僕と詩乃はいつも行くレストランで晩ごはんを食べることにした。

店内は縦長で四人掛けの四角いテーブルが5個、等間隔に一列配置されている。カウンターはない。白、ブラウン、ピンク、内装はその三色構成。僕らは厨房に近い一番奥の席でそれぞれ海鮮料理を食べた。




「……前にさぁ、女子の間で美肌になれるインド製の固形石鹸があるって噂流れて……こうといっしょに街中の店探したよね。ネットじゃあ売ってないって聞いて。だから街中探しまくってさぁ、結局見つからなくてさぁ、深夜、郊外の川沿いの道、二人でトボトボ歩いて、私キレたよね、あのとき……航はやさしいからなだめてくれた」




珍しく詩乃は笑いながらよくしゃべった。僕は嫌な予感を押し殺す。




「そろそろ……」




僕らはそのままレストランを出ようとした。

「航、夜遊びか、あまりハジけ過ぎるなよ」

レジカウンターには僕の叔父が立っている。

「ごちそうさま」

僕らは食事の会計をせずレストランを出た。この店は僕の母方の叔父が経営してるので、食事代は出世払いということになっている。要するに無料だ。うれしいけど、そんな経営の仕方してたらいつか店が潰れるよ、叔父さん。




僕はもうすでに今夜のすべてを後悔していた。詩乃と会わなきゃよかった。詩乃と隼人の家へ行く約束なんてしなきゃよかった。……しなきゃよかった、しなきゃよかった。

レストラン前で拾ったタクシーは僕と詩乃を乗せ、気がつくと隼人の家に到着していた。スマホで料金を支払い、二人きりになるのを待って、僕は持参していた花束を詩乃に渡す。夜の11時過ぎ。さすが北海道、夏とはいえ夜は涼しい。




ここに大きくて古い洋館がある。生前、隼人が住んでいた家だ。田舎のビバリーヒルズ。近所には私設の街灯もあるらしく、深夜だというのにずいぶん明るい。

目の前に大きな鉄柵てつさくゲートがあり、玄関までゆるやかな登り階段が続いている。欧米の住居は窓からの日差しで内装や家具が痛むのを嫌って、南向きの家は少ない、と叔父さんに聞いたことがある。隼人の洋館も北東を向いて建っていた。




鉄柵ゲートにはポリスラインと呼ばれる黄色いテープがからめられて、開かないようになっている。テレビのニュースや映画、ドラマでよく見る、警察が事故現場を封鎖するときよく使うやつだ。僕はデニムの尻ポケットからカッターナイフを出し、黄色地に黒で「立ち入り禁止」とプリントされたテープをカットした。

「近いうちに取り壊されるって聞いて……それで」

詩乃が言った。なるほど、そういうことか。




去年、この洋館で一家惨殺事件が起こった。詩乃の元カレである隼人は被害者の一人だ。秋の出来事だった。




僕と詩乃は隼人の惨劇に侵入しようとしていた。

僕は暗い足元を照らすためスマホをオンにした。今は何でもスマホを付けることからスタートする。今夜も例外じゃなかった。




はい、次。

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