第17話 噓っぱち絵巻 その参
何かと騒がしい鎌倉中を一歩出た草深き里は、小高い丘に隔てられて潮騒は聞こえない。
小さな
緑が色づくのは、まだまだ先だが、風の顔色が微妙に違ってきた。
鎌倉人が、知らず知らずに身につけている先読みの能力で、あれもこれも、他人のそれも推し量り、忖度する。それが良き結果をもたらすかは、また別の話だ。
そよと吹いていた風が、ブンと怒って、野趣に富んだ庭を揺らした。
目線を外に逃していた漢が二人、互いの顔色を窺い、頷き合った。
下男を呼んで、御簾を下ろさせた。
「さて、さて、これから物語は、見せ場に入ります」
「ふん、ふん、急げ急げ」
「大番勤めの京登りの途上、優男の兄と郎党が山賊に囲まれ、弓矢を引き、太刀を振り被り奮戦するも、武運拙く敗れ去ります」
拡げられた絵巻には、敵味方入り乱れての混沌が描かれていた。
兄の一族郎党は、総勢一千余だが、先陣は三百ほどであった。
「この辺りは、昔から山賊が出ると有名なところにて、油断あるな」と下知し、備えも堅固に山塊に踏み込んだ。
果たして、盗賊はいた。木々の元に、草草の陰に、打ち襲う先陣の身ごしらえには劣るも、それなりに甲冑も付け、兜も被り、塗籠の弓に山鳥の羽を用いた矢を携え、その数、五十を数えるほどか。相手の数に恐れもなく、盗人ながらも堂々「我こそは云々」と名乗りを上げ、宝をよこせと立派に宣した。
後は云うまでもなく、乱戦、混戦だ。
騎馬のまま戦う漢あり、物陰に隠れて弓引く者あり、暴れる馬を鎮め、矢羽の準備に余念のない郎党に大槍を肩に担いだ漢が命を下す。
立派だが当然重たげな鎧兜は、京を目指す漢たち、襲う男どもは兜もないまま身軽に動く。
「ふーん、面白いのう。見よ、見よ。この男は何者ぞ、如何に雑多な関東武者といえども、金色の髪の男はおるまい。鼻が高いぞ、天狗の弟子か」
弓を掻い込んだ騎馬武者の後ろから二人の男が、追いすがる。薙刀を打ち下ろす男、その奥に右肩に刀を担いだ男が、籠手を当てた左腕を伸ばし、手のひらを目いっぱい拡げている。普段着のような手前の仲間に比べると、明らかな戦支度だ。その相貌は、何と何と鼻高く、頬赤く、明らかに日本男児とは異なる。隠しようもない、その頭髪は黄色に輝き、載せた被り物も烏帽子ではなく風変わりな帽子と呼べる代物だ。この時代にも異人はいた。六浦などの湊には、多くの異人が闊歩し商売に勤しんだ。しかし、描かれた男は、野盗の一員だ。不良外人が異国の地でその身を落としていくのは、何時の世でも変わらないと云うことか。
「とのー、殿さーまぁ。落ち着いて下され。これは絵巻でございます」
「ハハハハハァ、そうであった、そうであった。これは、そちが指図した噓っぱち絵巻であった」
(何を云うか、バカ殿め)
いったい誰の思惑で、絵巻は作成されたのか。
こんな噓っぱち絵巻を残してなんとする。北条の恥を末代まで残すに等しいのではないか。
バカ殿と心中で喚いても、その馬鹿ぶりを止められない情けなさを味わう家臣であった。
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