第15話 噓っぱち絵巻 その弐

 何かと騒がしい鎌倉中を一歩出た草深き里は、小高い丘に隔てられて潮騒は聞こえない。

 小さなやとすべてが屋敷地で、ぐるりと緑の壁に囲まれ春の報せは、いち早く届く。

 密かに微笑むわらびにゼンマイ、ふきとうが、折敷おしきに並ぶ。ご馳走の主役は、江ノ島沖で獲れた春告魚だが、山菜が彩ってこその華やかさだ。

 春を堪能した館の主は、箸を置いて一息つくと脇に控える漢に目を向けた。


 鎌倉晴れの天を頂きながら、陽が少しでも傾けば、このやとは影に入り、陰謀の策定に余念がない。

 御簾を下ろした部屋の中は薄暗く、漢二人の間には、巻物が拡げられている。

「絵巻は、次の展開でございまする」

「ふんふん、はよ進め」

「では、先日に引き続き、いざ鎌倉でございます。前段は、都好みの兄の屋敷でございましたが、次なるは弟の屋敷でございます」

 弟三郎は、兄のなよなよした生活を垣間見て、家の子郎党を激しく叱咤した。

『月だ花だと騒ぎたて、毎日歌を詠んだり、笛や琴など習い暮らすのはけしからん。美々しき家は必要ない。庭の草は、抜いてはならぬ。いざと云う時のまぐさにするのだ。武者の家に生まれたからには、戦に備えて武を磨き、毎日精進してしかるべきだ。わが家に仕える者どもは、女や童に至るまで、荒馬を乗りこなし、弓も稽古を怠るな』

 さらに漢は云い募る。

『武者が見目良き妻もちたるは、命をも落としかねる問題じゃ。見目良い妻などいらぬ。この腕自慢のわしの血を引く、立派な男を生んでくれる女子が良い。醜女でかまわん。身の丈高く体格の良い女子が良い。さあ、皆の者、金を叩いて探しまわれ、わが国一番の醜女を探せ』と郎党を追い立てた。

「ふ~ん、そのような女子を探すとは、変わり者にも程があろう。健康な男児を産むのはもちろんだが、女子は見目好く、優しく、それになんだ‥‥‥」

「殿、とのぅ、忘れてはなりません。これは絵巻物語でございますぞ」

「分かっておる。そなたが指図したのであろう」

(何をおっしゃる。殿の御指図でございましょう。この絵巻が問題になったなら、きっと殿は逃げてしまい、吾が責任を取ることになろう。つまらぬ仕事を仰せつかったものだ)


 拡げられた巻物は、うずうずと動き出す。

 禍々しさを秘めながらも、何処か陽気な風情の漢たちが数人、屋敷門の内を外を、気ままに馬を操り、弓を引く。流鏑馬の練習か、主の覚えをめでたくする為か、門前を通る貧しき者らを弓の的にして修行に励む。

 門の内でも、一人では引けぬ大弓を二人三人と真剣な面持ちで操る。長弓は、その大きさ故に流鏑馬には適せず、歩射あるいは大きなたての中から射ることになるが、絵巻にも門の直ぐ内に盾を並べ立て、まるで戦支度さながらの様相だ。

 笑い声が聞こえてくる。奥には、女人がいるのであろう。

 いよいよ女主人公の登場だ。

 ここに、二種の女人がいる。直毛の女人と縮れ毛の女人だ。数人の直毛は、お付きの女房であろう。縮れ毛の大人と子供。その鼻は、ゆんと伸びている。

 いやいや、よく見れば、外縁に幼児を抱いた女房が一人。男児の鼻も微妙に高い。

「ふん、ほんにほんに、このような天狗の眷属がいるのか」

「殿、とのぅ、お忘れになってはなりませぬ。絵巻でございまする」

「噓っぱちだと申すのじゃな」

「はい、殿のご指示でございます」

「いや、わしは、そのような指示は出しておらぬ。あの武蔵の土地を何ゆえ、召し上げたのか、分かり易く絵巻にせよと‥‥‥ 申したのじゃ。微に入り細を穿って絵巻にしたのは、その方の指示であろう。いやいやいや、文句を云っているのではないぞ。うーん、なかなかどうして面白い。きっと末永く残る絵巻となろう。いや、あっぱれ、あっぱれ」

 殿さまに褒められて、気分を良くした噓っぱち絵巻は、いよよ華やぎ、悪意を隠して忍び出る。

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