第15話 噓っぱち絵巻 その弐
何かと騒がしい鎌倉中を一歩出た草深き里は、小高い丘に隔てられて潮騒は聞こえない。
小さな
密かに微笑む
春を堪能した館の主は、箸を置いて一息つくと脇に控える漢に目を向けた。
鎌倉晴れの天を頂きながら、陽が少しでも傾けば、この
御簾を下ろした部屋の中は薄暗く、漢二人の間には、巻物が拡げられている。
「絵巻は、次の展開でございまする」
「ふんふん、はよ進め」
「では、先日に引き続き、いざ鎌倉でございます。前段は、都好みの兄の屋敷でございましたが、次なるは弟の屋敷でございます」
弟三郎は、兄のなよなよした生活を垣間見て、家の子郎党を激しく叱咤した。
『月だ花だと騒ぎたて、毎日歌を詠んだり、笛や琴など習い暮らすのはけしからん。美々しき家は必要ない。庭の草は、抜いてはならぬ。いざと云う時の
さらに漢は云い募る。
『武者が見目良き妻もちたるは、命をも落としかねる問題じゃ。見目良い妻などいらぬ。この腕自慢のわしの血を引く、立派な男を生んでくれる女子が良い。醜女でかまわん。身の丈高く体格の良い女子が良い。さあ、皆の者、金を叩いて探しまわれ、わが国一番の醜女を探せ』と郎党を追い立てた。
「ふ~ん、そのような女子を探すとは、変わり者にも程があろう。健康な男児を産むのはもちろんだが、女子は見目好く、優しく、それになんだ‥‥‥」
「殿、とのぅ、忘れてはなりません。これは絵巻物語でございますぞ」
「分かっておる。そなたが指図したのであろう」
(何をおっしゃる。殿の御指図でございましょう。この絵巻が問題になったなら、きっと殿は逃げてしまい、吾が責任を取ることになろう。つまらぬ仕事を仰せつかったものだ)
拡げられた巻物は、うずうずと動き出す。
禍々しさを秘めながらも、何処か陽気な風情の漢たちが数人、屋敷門の内を外を、気ままに馬を操り、弓を引く。流鏑馬の練習か、主の覚えをめでたくする為か、門前を通る貧しき者らを弓の的にして修行に励む。
門の内でも、一人では引けぬ大弓を二人三人と真剣な面持ちで操る。長弓は、その大きさ故に流鏑馬には適せず、歩射あるいは大きな
笑い声が聞こえてくる。奥には、女人がいるのであろう。
いよいよ女主人公の登場だ。
ここに、二種の女人がいる。直毛の女人と縮れ毛の女人だ。数人の直毛は、お付きの女房であろう。縮れ毛の大人と子供。その鼻は、ゆんと伸びている。
いやいや、よく見れば、外縁に幼児を抱いた女房が一人。男児の鼻も微妙に高い。
「ふん、ほんにほんに、このような天狗の眷属がいるのか」
「殿、とのぅ、お忘れになってはなりませぬ。絵巻でございまする」
「噓っぱちだと申すのじゃな」
「はい、殿のご指示でございます」
「いや、わしは、そのような指示は出しておらぬ。あの武蔵の土地を何ゆえ、召し上げたのか、分かり易く絵巻にせよと‥‥‥ 申したのじゃ。微に入り細を穿って絵巻にしたのは、その方の指示であろう。いやいやいや、文句を云っているのではないぞ。うーん、なかなかどうして面白い。きっと末永く残る絵巻となろう。いや、あっぱれ、あっぱれ」
殿さまに褒められて、気分を良くした噓っぱち絵巻は、いよよ華やぎ、悪意を隠して忍び出る。
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