第14話 有頂天乎
(まあ何でも良いわ)と自分の気持ちにケリを付けた天乎は、大きな声で応えた。
「そうか、ありがとう。それでは我らは、
天乎の笑顔に、二匹が嬉しげに動き出す。
そこは、喉を潤した水辺ではなく、下草もない砂地であった。
天乎は知らないが、ここは天狗の相撲場。山の中に広がる苔地や砂地は、相撲好きの天狗が、誰彼かまわず、相撲を挑む場所だ。
夕暮れになると一匹の
「ふんーん」ここは、どうやら天狗の
自分も天狗の子なればこそ、ゆったりとした気持ちで空など見やり、蝙蝠の親子に見とれているのだ。怪しい
それでもこの相撲場の、のんびりさ加減を手放す気にはなれない。
ここで生まれ、ここで、猿を蛇を友に育った気になる。
清三郎はさておき、天乎には友と呼べる者はいない。同性の友が欲しいと思った覚えもない。
しかしそれは、幼いある日、キンキンと囀りあう女子たちの陰口を聞いたせいだ。
「なによ、おへちゃが」
「ばかばか、意地悪。お前の顔だって栗の子どんぐり」
「もうもう、おやめ。天乎に比べれば、みんなみんな女子顔。おへちゃでも可愛いわい」
「ハハハハァ、富ちゃんたら、そんなこと云って天乎に殴られても知らないから」
それから、女子らの笑い声が何時までも天乎に纏わり付き離れなかった。
天乎は、女子とは遊ばないと決めた。可愛い笑顔の陰で何を云うか知れたものではない。
清三郎がいれば十分だった。例え、「天狗の子」と呼ばれても。
天乎の悲しみを知る者はいない。居るとすれば、それは母の水穂だが、天乎がそれを理解するには、まだまだ幼かった。
厳しいばかりの母上と思い、長ずるに従い母を疎んじ、云い争うことが多くなった。家出を繰り返し、そのたびに義父の四郎に連れ戻されていた。何時の頃からか、トトが実の父でないと知っていた。天乎の父親は天狗なのだ。ならば、四郎トトは誰なのか、母の実家の下男だと云う。それがどうした? 誰でも構わない、トトはトトだ。天乎は、豆をいらうトトの背中目がけて飛んで行く時、この上ない仕合せを感じたものだ。トトが大好きだ。
しかし、このたびばかりは、トトも姿を現さない。きっと探しまわっているであろうが、さすがに、この相撲場は分からないだろう。天乎自身が、ここが何処だか分からないのだ。
天乎は、寝転がって空を見上げ、猿助から手渡された木の実をかじる。
自由気ままの天乎の髪を猿助が、頻りに撫で付け繕っている。
誰にも叱られないフワフワした日々。
小さな茂みの中に大の字に拡がり、空を見上げる天乎の瞳が虚空を膨らませて迫りくる飛翔物を認めた。幾千幾万の浮遊物は、天乎に笑いかけ、天乎をくすぐる。
陽の気が、子分の陽子をまき散らし悪戯を仕掛けているのだ。
天乎は覚えていないが、陽の気と遊ぶのは初めてではない。清三郎の屋敷の庭で空に舞い上がった天乎を支えたのは、陽の気の気まぐれだ。
自然の頂きにある天乎は、有頂天乎であった。
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