第11話 噓っぱち絵巻 その壱

 何かと騒がしい鎌倉中を一歩出た草深き里は、小高い丘に隔てられて潮騒は聞こえない。

 小さなやとすべてが屋敷地で、ぐるりと緑の壁に囲まれている。谷の雨は、空から降り出すのではなく、周りの緑がしくしくと泣き出し、じっとりと谷の全てを包み込む。

「物語は、如何した?」

「はっ、つつがなく進んでおりまする。今しばらくの御猶予を」

「うむ、完成してなくとも良い。そのぅ、初めのくだりだけでも語ってみせよ」

「‥‥‥ 然らば、いざ鎌倉でござりまする」

 男は世にも面妖な物語の始まりを語り出した。


「武蔵国に、見た目はもちろん、その性格の際立って違う兄弟がおりました。

 兄は男振り良く都好みで、弟は関東武者面にて武辺自慢でございます。

 兄は、都にも劣らない屋敷を構え、見目麗しい都育ちの妻を迎え、琴や琵琶を奏で、花を愛で、月を仰いで酒肴を楽しむ優雅な暮らし振りでございます」


 物語に続く絵巻は色彩鮮やかだ。


 立派な屋根付き御門の内を伺う漢が一人。横縞の衣服に侍烏帽子、やけに鼻が高いのは気のせいか。その後ろには、たてがみ豊かな馬が控える。

 表門かと見紛うが、どうやら脇門である。表門は、大きな扉を少しの憂いもなく大きく開いている。視線の先は、前庭か、ごつごつ岩を配した山水の拵えだ。見事な松が枝葉を拡げ、名もない小鳥が遊び来ている。

 前庭に面した部屋では、何の陳情か、坊主を従えた女子がうなだれながらも相手をする侍に、頻りに訴えを繰り返す。この頃の女子は決して弱い存在ではない。自分の財産を持っているからだ。父親は、息子だけでなく、娘にも資産を与えた。

 御成敗式目は、鎌倉時代の法律だが、神社や寺から奴卑や逃亡農民についても、その扱いが制定されている。武士だけでなく、庶民にも影響を与えた画期的な法律と云える。

 その中には、家族法もあり、相続に関する細かな事柄が正直をもって執り行われるよう定めている。


「ずいぶんに、立派な屋敷じゃのう。寝殿造か」

「殿ぅ、これは絵巻でございます」

「ふん」

「初めから終わりまで、誇張されておりまする」

「誇張とな? 良き言い草よなぁ」

「殿、とのぅ、これは殿のご指示により描かれた絵巻でございますぞ」

「喚くな、喚くな。これも天下を治めるために必要な‥‥‥ ふん、みなまで云わせるな」

(まったく、わしを嘘つきが如き云いようじゃ。嘘をついてはならないと式目にもあるのに、わしは罰を食らうことになるかもしれぬ。くわばら、くわばら)

 御成敗式目の家族法の次は、訴訟法で『搆虚言そらごと讒訴ざんそ事』とある。簡単に云うと「嘘を云っちゃあ駄目だよ」だ。言葉たくみに、人をだますのが大罪なら、巧みな絵巻で多くの人々を長年に亘って騙すのは、遠流どころか、打ち首にもなりかねない。

(ああ、なさけなや)

 噓っぱち絵巻には、偽りの物語が添えられて、どんどん進んでいく。

 訴える女子の相手をする侍の背後は、中庭だ。橋がかかる池には、ガアガア鳴きそうな水鳥が遊び、梅もどきの花が咲く。どれほどの池なのか、竜頭や鷁首げきすこそ無いものの小部屋を載せた船まで浮かんでいるではないか。

 更に奥では、漢どもが何やら囲碁のような盤を囲み、勝負にのめり込んでいる。

 鉤型に続く部屋からは、御簾を開いて女子が覗く。特に鼻が高いこともないようだ。

 更なる奥は本殿か、御簾の中から女子の忍び笑いが漏れ聞こえる。一人や二人ではない。五人六人とさざめく楽し気な様子が伝わって来る。

 しっかり覗いてみれば、繧繝縁の畳が敷かれ、頬を染めた優男が一人、間の抜けた風情で座っている。その脇には、琴や琵琶が立て掛けられ、贅沢の横顔が見え隠れする。また、その奥にゆらりと上がった御簾の下に幼顔の姫が一人、女房どもに囲まれて俯く。訪れた男に恥じらっているのか、都ぶりもここまでくれば、立派なもの。しっかり焚き込められた香が、野頭らの下肥の臭いを消している。

 何と豪勢な館ではないか、土臭い武蔵の郷にこれほどの屋敷があろうか。

 真っ先に首を傾げたのは、密かに絵巻の指図する男、虚言の罪で流罪を恐れる男であった。

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