第7話 生き方
生きていれば、色々ある。人間関係がほとんどだろう。心情から派生するちょっとした出来事やすれ違いがほつれや亀裂を生んでいく。
他の心情からは、喜び、愛、優しさ等が強く太い糸になったりする。
両方が、絡み合って、双方が納得して絆を深めて色とりどりの組みひもを編んでいく関係もある。
人生いろいろあるのは、スパイスなのだろう。
だから人生は面白いのだ。
心身共に体調を崩し、自分ではどうにもならないほどの不調が続くと、自分自身で何とかしようという事すらできず、人の意見や本等も参考する以前に脳が全く反応してくれず、理解ができないというより、何が起きてるのか、自分自身も周りもなんだかよく分からなくなる。時代も世俗も未来も過去も何もかも。
食する事も、話すことも、歩くことも、聞くことも、立っていることも、座っている事さえ、終いには辛くなってくる。
食事をとらない日が続いた。飲むことはできる。横になり、眠る。
そのうち、歩けるようになり、話せるようになり、聞けるようになる。
この時、自分が無になっている事を知った。
自分の感情は、フワフワとしたもので、心地よく喜びと幸せに満ちていた。
受け入れられるというより、相手を無条件で理解するといった感じだ。
理解するといっても、体に相手の想いとか意見とかを入れるかどうかは別である。
相手を理解する。そして、自分でいる。
この感じは、対立とか平行線とかのものとは違い、相手を通り抜ける感じだ。
自分が何処にでも行ける事を確信できる。
なので、嫌な想いをしないのだ。不思議な感情だと思ったと同時に、これは感情なのかと訝しく思った。
何かにぶち当たったり、自分の存在を含めたすべてを拒絶されたと感じる想いをさせられた時は、孤独、落胆、悲観、絶望、怒り、憎しみ、恨みを感じ、その後諦め、理解、前進に繋がるのだと思う。
とことん、苦しむに限る。中途半端に苦しむと引きずる。大事なのは、自分自身の中ですべてを感じて完結させることだ。でないと、後々面倒で厄介なことになる。
事が余計に複雑になるのだ。
持論として、他者を巻き込むのは、最終的に自分を追い詰めてしまい、自分が救われなくなってしまうと感じている。
これが、今まで生きてきて培ったことだ。
無というものを体感してしまったのだ。快感である。最高の気分だ。
なにも怖くない。すごい境地だと知った。
ようやく、自分自身にフォーカスを当てることができる。
他者優先の生き方を少し変えるのだ、いや大きく変わるかもしれない。
こんな変化は、自分だけでは作り出せない。
自分の生き方が、変わっていく過程、変わる瞬間は本当に不思議だ。私の中の潜在意識なのか、見えない大きな何かなのか、偶然と必然とが入り混じるような自分ではどうにもできなかったような状況や環境が、私を変えていくんだと思った。
―人生-不思議な響きだ。
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