遭遇! 親の仇は三千里!? ①
傭兵とはなんであろうか、金をもらい対価として戦う。これは古来より行われてきた兵士としての基本の仕組みだ。古くは日本でも武士と雇い主の形はそうであった。しかし本当に傭兵にとって大切なのはそれだけであろうか?
「おいしいのね!」
「おいしいッヒ」
二人の女が酒場で食事を摂っていた。片やオムライス、片やマッシュポテトである。
「ニューニャ、ほんとにこの街にターゲットが来るんデッヒ?」
ニューニャと呼ばれた小柄な女は桃色の長い髪に側頭部からねじれた角、そしてゆったりとした赤い毛皮の服と大きな黒い帽子を身に着けていた。
「間違いないのねベアトリクス、やつらの進行方向から考えるとこの街を経由する可能性が非情に高いのね」
ベアトリクスと呼ばれた女は茶色いセミショートの髪に身に着けているのは青い帽子に青い服、左右でちぐはぐな色のズボンや靴、そして全体的に衣服に意図的な切り込みが複数見受けられるという異様な格好であった。
「あいつら、絶対に許さないのね……!」
ニューニャは心底いらだたしそうに言った。
「まぁ私に任せればいいネン、ところで服の切り込み増やしたんだけどかっこいいんベルク?」
ベアトリクスは自分の服に切り込みをいれた箇所を見せて言った。
「ええ、多分かっこいいのね。よくわからないけど」
ニューニャは興味なさげに返す。
「よかったンブルク、失敗して縫い直すのはかっこ悪イッヒからね」
ベアトリクスは安堵した声で返した。
時を同じくして、山を降りた六郎とフィオナはこのあたりでは大きな街である「モデナ」を観光していた。モデナは円形競技場における馬による戦車レースが有名であり、現地のブランド小麦を使ったビールも観光客を集めるポイントであった。
「こんなに大きな街に来たの初めて!」
夜にたどり着いたときとは違う街の雰囲気にフィオナははしゃいでいる。
「ちょっと観光していくか、もしかしたら清海と鉢合わせるかもしれないしな」
六郎ははしゃぐフィオナの後ろを着いていく。
「レース見に行きましょ!」
六郎の手を引っ張りフィオナは競技場の受付に向かう。
「いらっしゃい、馬券が欲しいのかい?」
受付には馬のような顔をした男が座っていた。
「一枚頂戴!」
フィオナは言った。
「オッズはこんなかんじだが、どれにするね?」
出馬表を見せながら男は言った。
「見て六郎、このスプリングノドカって馬オッズ百倍よ、百倍!」
「それ倍率的に相当弱いんじゃないのか?」
「おじさんこれ百ゴールド券十枚!」
フィオナは六郎を無視して言った。
「よっしゃ、スプリングノドカ十枚!おじょうちゃん元気がいいからタダで持ってきな!」
「やったぁ!」
タダで馬券をゲットし大はしゃぎでフィオナは競技場へ入っていった。
「あいつギャンブル狂いにならないか心配になるな」
六郎はぼやいた。
競技場の中は人が多く、凄い熱気である。
『それでは、各戦車入場です!』
戦車を引いた馬がぞろぞろと入ってくる。
「わーーーーっ!」「ミニマロンボウシがんばれーーっ!」「オサケーーっ!勝ってーーっ!」
凄まじい歓声が場内に響く。
『それでは各馬紹介していきます。実況は私カエサル』
『解説は私ブルータスが担当します』
「わーーーっ!」
『一番はミニマロンボウシ、これまで七連勝中の超実力馬です!純正ユニコーンは伊達じゃないということでしょうか!? 騎手は北の国出身の元騎兵隊、ローレンス! 文句なし一番人気です!』
『ん~、いい感じに仕上がっていますね。落ち着いていますし今回もかなり期待ができるんじゃないでしょうか?』
「わーーっ!」
『二番はオサケ、人気の若馬です。通算の戦績は二十戦中十二勝となかなか油断できません! 馬主の両親の墓石を使って作られたゴーレム馬と聞いていますが。家族愛の力をみせることができるか!? 騎手は南の島出身の元司祭、ソマレです!』
『ん~、ちょっと暴れてますね、レースまでに落ち着けばいいんですが。あと親の墓石はまずいでしょう』
「わーーっ!」
『三番スプリングノドカ、通算成績百戦中百敗! 今回こそ勝ってくれるのか! もしかしたら、今度こそ奇跡を起こしてくれるかもしれません!ロバとブタを掛け合わせたという噂を払拭してくれるのか!? 騎手はタヌキが人間に化けていると噂のムッジーナです!』
『ん~、やはりかなり小柄ですね。戦車レースにおいて小柄ということはやはり振りになります。騎手の腕の見せ所ですね。あとブタの血はレギュレーション違反ではないんですか?』
「がんばれーーーっ! スプリングノドカーーーっ」
フィオナは全力で応援をしている。
「こりゃすごいな、これまでに見た村や街とは規模が違う」
六郎は感心して言った。
「しかしこれはなかなかうまいな」
六郎は特産ビールを飲みながら言った。現地産の小麦で精製されたそれは一口ごとに体内に吸収されていくのを感じる。
「しかし羊の胃袋にビールを入れるなんて変わった入れ物だな」
羊の胃袋を使った容器は適度に伸縮し、飲むとき以外は自動的に閉じるようになっているらしい。
「おもしろいな、ひとつ持って行きたいところだが、おっと……」
容器を足元におっことしてしまう。
「あれ、どこに行った?」
足元を探すが見つからない。満員レベルで人が多いので目視では探せなさそうだ。
「しまったな、レースが終わるまで待つか」
「そこの御仁、これはあなたのではないネン?」
横に座っていた。異様な青い服を着た女が話しかけてきた
「こっちに転がって来たんベルク」
女はそう言いながら六郎が落としたビールの入れ物を差し出してきた。
「ああ俺のだ。ありがとう」
「よかったンケルク、こんな人が多い場所で無くしたら見つからなイッヒからね」
「そうだな、ところであんた。その訛りもしかしてドイツ人か?」
六郎は尋ねた。
「そうだンケルク。そういうあなたはアジア人デルク?」
その女は言った。
「そうだ、訳あって旅をしている」
「なるほど、実は私も訳ありの旅をしてるンベルク」眉をひそませながら女は続けた。 「実は横に座っているのは私の雇い主デッヒ……。彼女は父親を殺した仇を探しにこの街まで来たんデルク……」
女の隣には長い桃色髪のねじれた角を持つ少女が座っていた。目を輝かせながら馬を見ているようだ。
「角が……、もう驚かないぞ」六郎はため息をついて続けた。 「まだ小さいのに、親が殺されるとはかわいそうにな」
六郎は腕を組みながら目を閉じ、彼女の亡き父親に思いをはせた。
「あっ、始まるみたいッヒ」
女の指差した方向を見ると馬達が横一列に並び開始を待っている。
『それではレース、開始!!』
実況の声に合わせて一斉に馬達は走り出す。
「わーーっ!!」「がんばれーーっ!」
『ミニマロンボウシ早い早い! オサケも追いついてきています! 後続馬も続々と後を追います!!』
「行くのねん! ミニマロンボウシ!」
桃色髪の少女は一番人気の馬を応援しているらしい。
「あの馬に結構お金をつぎ込んでるみたイッヒ」
女は耳打ちしてきた。
『お~っと!スプリングノドカどうした!? 集団から既に三十馬身離されています!』
『ん~遅すぎですね、よくみたらあの馬足が三本しかありませんしそりゃあ遅いですよ』
「あ~っ! スプリングノドカ負けないで!!」
横で必至にフィオナが応援する。
「いや、無理だろ」と言おうとしたが六郎は口を閉じた。
『ミニマロンボウシ早い! 早いぞ~~! ややっ!? これはどうしたんだ!』
実況が慌てだしたのに共鳴するかのように、観客は静まり返る。
『ん~、これは故障ですね。これまでのレースの疲労が爆発したんでしょうか』
『ミニマロンボウシに続き後続場もどんどん道を逸れていきます! まさかの集団故障か!? いや、一頭だけまっすぐ走っています!! スプリングノドカです!!』
「わーーーっ!」「うそーーーっ!」「くそがーーっ!」
観客は騒ぎ馬券を投げ捨てていく。
『ん~スプリングノドカは百戦も試合をして大丈夫なんですから相当タフなんでしょう。親がロバということによる耐久性と小柄な体型のおかげで負担も少ないですからね。なによりあの鈍足では故障しようがないでしょう』
「やったぁ! スプリングノドカいけーっ!」
フィオナは全力で応援する。
「私のミニマロンボウシが……」
桃色髪の少女は肩を落としてうなだれる。
「親に続き、金まで失うとは。不憫すぎる」
六郎は言った。
「ほっといていいンケルク」
『スプリングノドカ走る! 走る! いくら走っていても時速二十キロですが今日はそれでいいのです!! 今一着でゴーール!! うわっ、なにをするブルータス、お前もかーっ!?』
「わーーーっ!」「すげーーーっ!」「金かえせーーーっ!」「肉にしろーーーっ!」「実況と解説が殺しあってるぞーっ!!」
「やったぁ! 私換金してくる!」
そう言うとフィオナは換金所へと消えていった。
「行っちまったか」
「なかなか元気なお嬢さんベルク、この街はもう見て回ったンケルク? まだなら是非市場を見てみるといいッヒ」そう言うとその女はとなりの少女に体を向けて続けた。 「ほらニューニャ、元気だすンゲン」
ニューニャと呼ばれたその少女のダメージは大きいようだ。しばらく顔を上げる気力はない。
「俺はそろそろ行くとしよう、後で市場に行ってみるよ。またな」
「またどこかで会えるといイッヒね」
六郎はその場を後にし換金所に向かうと多額の賞金を得ていた。
「いっぱいもらっちゃった! 年収三十年分くらい!」
フィオナはうれしそうに言った。
「稼ぎすぎだろ。そんなに持ってたら旅できないんじゃないのか? どこかに預けるか、市場でなにか買って減らすか?」
「そうしましょ! 」
二人がたどり着いた市場はとても活気があり。多くの人々が往来していた。商店には食料品から工芸品まで様々なものが並んでいた。
「見て六郎! 馬車が売ってる!」
フィオナが指差した先には小麦を運ぶ際に使用されるタイプの馬車があった。
「ああ、移動用に一つ買っておくか? お前の金だから別に構わないが」
「買おう!」
「じゃあ後で買おう、今買うと邪魔になりそうだからな」
二人は市場を進んでいく。
「見て六郎! ゴブリンおばさん印のクッキー! これすごい人気なの!」
「一つ買っておくか、こういう異国感のある食べ物はおもしろいな」
「見て六郎! スプリングノドカのはずれ馬券が格安で売ってる! 交通安全のお守りになるんだって!」
「一つ買っておくか、馬車に轢かれることはあまりなさそうだが」
「見て六郎! ガーゴイル人形! 最近都会で流行ってるんだって!」
「それ欲しいか? お前の金だし別にいいけど」
「六郎、なにこれ?」
フィオナは見慣れないものに注意を向けた。
「俺もわからん、不思議な香りがするがなんだこれは?」
二人が見ているのは灰色と琥珀色が混ざったような石の塊である。
「それは龍涎香だよ。クジラが体内で生み出すといわれている香料で、海に流れ着いてるものを仕入れているんだ。一つどうだい?」
店主のリザードマンらしき男が説明する。
「馬車に一つ置いておくといいかもしれないな」
「おじさんこれ一つ!」
フィオナは迷わず購入を決意する。
「よっしゃ! おじょうちゃん元気がいいからタダで持っていきな!」
「やったぁ!」
「おい! 金減らねえぞ!」
二人が衝動買いを続けていると、反対側から先ほどの青い服の女が歩いてきた。
「おや、さっきの御仁ではないネン?」
「ああ、さっきの」
「凄い格好だけど、六郎、知ってる人?」
「ああ、さっき競技場で隣に座ってたんだ。連れの女の子はいないのか?」
六郎は問いかける。
「人が多くてはぐれてしまったンケルク」やれやれという顔で女は続ける。 「そういえば自己紹介がまだだったング。私はベアトリクス。ドイツから来た傭兵デッヒ」
「俺は六郎だ。日本から来た旅人だ。こっちは連れのフィオナ」
「どうも」
フィオナは挨拶をする。
「二人ともよろしくンヴァルツ」
ベアトリクスは返した。
「あっちにおもしろいものがあるから一緒に見なイッヒ?」
「なにがあるんだ?」
「見ればわかるンケルク」
ベアトリクスに連れられた先にあったのは柵で仕切られた闘鶏場であった。
「闘鶏場か、はじめて見たな」
闘鶏とは古来より存在する鶏を戦わせる競技である。ただの鶏同士のケンカではなくそれぞれの足には小型のナイフが取り付けられ殺傷力を上昇させているのだ。無論その刃を受けて倒れた鶏は帰らぬ鳥となるのだが。
「戦車レースもいいけど闘鶏も面白イッヒ」
「あっ、入ってきた」
柵で仕切られた小さなフィールドに二羽の鶏が入っていく。
『さぁ、選鶏紹介! 第一コーナーに立つのは龍殺しを達成したと言われる鶏、「ドラゴンキラー」です!』
「「「わーーっ!」」」
第一コーナーには筋骨隆々の無駄な脂肪を削ぎ取ったかのような鶏、その眼光はまるで鷹のようだ。
『第二コーナーに立つのは事故で首を失いながらも凄まじい生命力で生き延びた鶏、「チキンネックレス」です!』
「「「わーーーーっ!」」」
第二コーナーに現われたのは体中傷だらけ、何よりも首が無い鶏であった。
「うわっ、あの鶏首が無い!」
「あれでどうやって生きてるんだ?」
フィオナと六郎は首の無い鶏に驚いた。
「元々屠殺される予定だった鶏が首を切られた後に動き出したらしいッヒ、その後飼い主が見た目のインパクトを生かして闘鶏に出場させたそうでッヒ」
「でも首を切られてなんで生きてるの?」
「噂では首を切った時に少し脳が残ってたからそれで動いてる可能性があるらしいンベルク、まぁ本当のところはわからないンベルク」
「まるで御伽噺みたいな話ね」
「にわかには信じがたい話ではあるンケルク」
「しかし、これはさすがにドラゴンキラーに軍配があがりそうだな」
六郎はたくましい鶏の体を見る。
「いや、チキンネックレスが勝つんベルク」
ベアトリクスは言った。
「どうみてもドラゴンキラーの方が強そうだが」
「まぁ見てるといいッヒ」
ベアトリクスは言った。
『試合開始!』
「コケーーッ!」
試合開始と同時にドラゴンキラーは素早く距離を詰めとび蹴りを見舞った。足に取り付けられた小型ナイフがチキンネックレスの体を引き裂く。
『ドラゴンキラー先制攻撃だーーっ!!』
「わーーーっ!」
しかしチキンネックレスは特に慌てる様子も無い。傷を負ったままドラゴンキラーに反撃した。
『おおーっと!チキンネックレスも反撃したぞーっ!』
「わーーっ!」
「チキンネックレスは脳が無いから痛覚がないんデッヒ、でも視覚と聴覚が失われている分外部からの刺激に対して素早く反応できるんベルク」
ドラゴンキラーとチキンネックレスは互いに猛攻を繰り広げる。猛攻といっても攻撃は全て飛び蹴りだが。
「痛覚が無ければひるまずに攻撃できるドルフ、互いにナイフを持ってるなら痛みに耐え切れずひるんだほうが負けるヴァルト」
『おおーっと! ドラゴンキラーひるんできたぞ! チキンネックレス絶えず猛攻!』
「すごい、弱そうだけど勝ってる!」
フィオナが興奮する。
「こけっ!こけっ!」
「コケーーッ!」
長い戦いの末、とうとうドラゴンキラーは地面にキスをする運命となった。
『勝者、チキンネックレス!』
「「「わーーーっ!」」」
「予想どおリッヒ」
「なかなか面白い戦いだったな」
「面白かったけどなんか疲れた~」
フィオナは六郎にもたれかかる。
「ちょっと休憩するんベルク、この先に広場があるんヴァルト」
「そうするか」
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