遭遇! 親の仇は三千里!? ②

 ベアトリクスに連れられ六郎達は広場にやってきた。


「よいしょっと」


 フィオナが段差に腰かける。


「しかしこの街は本当に活気があるな」


「この街は交通の便もよくて港町も遠くないから商人がいっぱい集まるんデッヒ」


 その時、角を生やした長い桃色の髪の少女がこちらへ歩いてきた。


「ベアトリクス、やっと見つけたのね!」


「ああ、ニューニャ」


 ニューニャは安堵してベアトリクスの横に座る。


「どこに行ってたのね! 散々探したのね!」


「ちょっと闘鶏見に行ってたんベルク」


 怒るニューニャに対してベアトリクスは悪びれる様子も無い。


「むっ?なんだかクジラのうんちみたいな匂いがするのね」


 ニューニャは香りの元を辿りフィオナの前に来た。


「ああ、もしかしてこれ?」


 フィオナは龍涎香を取り出す。


「それを持ってるなんて、あなたとってもお金持ちなのね?」


「いやー、さっきの戦車レースで買っちゃって」


「戦車レース!? うっ、頭が」


 嫌なことを思い出したとばかりにニューニャは頭を抱える。


「君は自分の親の仇を探していると聞いたが」


 六郎が言った。


「そうなのね、私の父を殺した奴らを追っているのね」


「どんなやつらなの?」


「直接父を殺めたのは傭兵のハンナマリとかいうスキー狂いの女らしいのね、でもそれに加担した猫みたいな耳の女とアジアとかいう地域から来た怪しい妖術を使う男がこの街に来てるはずなのね!」


「ハンナマリ?どこかで聞いたような?」


「最近聞いた気がするわ……」


 六郎とフィオナは考え込む。


「そういえば奇遇にも二人はその特徴に当てはまルドルフね」


「ほんとなのね! 不思議なこともあるのね!」


「「「「はっはっはっ」」」」




 ニューニャの顔から笑みが消えた。


「って、こいつらがそうなのね! こんな変わった二人組みなんてそうそういるわけないのね!」


「えっ、この二人がターゲットなんケルク?」


「お前達がその六郎とフィオナとかいうやつらなのね! ここであったが百年目なのね!」


 六郎とフィオナはすかさず距離を取る。


「思い出したぞ、ハンナマリといえばあの雪山でコサックのボスを倒しやつだな」


「ああ、あの人。でもこの子角生えてるけど?」


 フィオナは言った。


「当然なのね、私のパパはコサックだけど、私のママはサキュバスなのね」


「サキュバスとコサックのハーフだと!?」


 衝撃の事実、六郎とフィオナは驚きを隠せない。


「さぁベアトリクス! やつらを殺すのね!」


 ニューニャは剣を抜きながら言った。 


「そういうことデッヒ、悪いけど仕事だから死んでもらうンベルク」


 そう言うとベアトリクスは槍を構えた。


「やれやれ、こりゃあ一戦交えるしかなさそうだな」


 六郎とフィオナは構えた。


 突如広場で得物を持ち出した四人組を見て周囲の人間は皆一同に騒ぎ出す。


「わーーっ」「なんだなんだ?」「劇の練習かしら?」「あの人凄い服着てるな……」


「オーディエンスがいると気分がいイッヒねぇ」


 そう言うとベアトリクスは六郎に向けて槍を突き出してきた。


「うおっ、速いな!」


 すかさず六郎もケペシュで応戦するがベアトリクスは難なく槍で受け返す。


「やはり御仁、かなりできるッヒね!」


 ベアトリクスは連続で突きを繰り出す。


「まずいな、避けるので精一杯だ……!」


「六郎、援護するわ!」


 フィオナは弓を引き絞りベアトリクスに狙いを定める。


「させないのね!」


 すかさずニューニャがフィオナに斬りかかる。


「さぁ、この剛剣の錆になるのね!」


 ニューニャはロングソードを両手で振り回す。小柄なためうまく振り回せていないが弓矢持ちの相手には十分効果的であった。


「ええい、ちょこざいな!」


 フィオナも負けじと短剣を取り出して応戦する。


 うなる剣撃、オーディエンスの視線は釘付けだ。




 その頃六郎はベアトリクスの連撃を受けていた。


「まるで前田利家みてぇな槍さばきだな、だが少し慣れてきたぞ」


 六郎は最小の動きで回避を繰り返す。ベアトリクスが疲弊するのを待っているのだ。


「御仁、こっちが疲れるのを待っても無駄ンケルク、それに長期戦に持ち込むのは間違イッヒね」


「なんだと? うっ、なんだ頭が……」


 六郎は急な痛みを感じ頭を押さえる。


「なにをした、まさか毒か……?」


「毒じゃなイッヒ、ただ御仁、あなたはもうこの『幻惑の槍』の術中にはまっているドルフ」


「幻惑だと!?」


「さぁ、私の服をどう思うか正直に言うネン!」


 ベアトリクスは六郎に向けて仁王立ちする。


「うっ、か、かっこいい……」


 六郎の言葉に観衆はざわめいた。


「えー……」「かっこいいか……?」「ないわー……」「しっ、言うな。こっちにくるかもしれんぞ」


「違う! 俺はそんなこと思っていない!」


 六郎は必至に取り繕う。


「この幻惑の槍の穂先からは幻惑剤がでてるンブルク。近づくだけで相手は『かっこいい』と強制的に言ってしまうんゲン。そのうちサブリミナル的に周囲に浸透するはズィッヒ!」


 ベアトリクスは満足そう言うと槍を構えた。


「さぁ、槍を避けても幻惑からは逃げられなイッヒ!」


 迫る連撃、六郎は慌てて回避する。


「くそ、火遁・爆裂手裏剣の術!」


 六郎は後ろに下がりつつ手裏剣を投げまくる。


「うわわ、近距離で飛び道具は卑怯ヴァルト!」


 槍で手裏剣を防ぐが、弾くたびに爆発し後退を余儀なくされる。


「その技、さては忍者デッヒね?」


 ベアトリクスは言った。


「そういうお前はランツクネヒトだな、そのかっこいい変な服装で思い出したぞ」


 六郎は言った。


「変な服装とは失礼ッヒ、これは時代を先取りしてるだけンブルク」


 ランツクネヒトとは中世ヨーロッパに存在した傭兵部隊である。主にドイツ人が多く一番の特徴はその服装であり、彼等は服の下地が見えるように上着に切れ込みをいれておりズボンは左右で色違いなど周囲の目を引くものであった。彼らの異常な服装はいつ死ぬともしれない立場であることから死ぬ間際の娯楽として着飾ることを許されていることの象徴とも言える。もちろんその服装の評判はよくなかったが。


「大体そのかっこいい変な服は戦いに向いてないんじゃないのか?」


「戦いにおいて重要なのはかっこよさだンケルク、いずれこのファッションは世界が認める存在になるンベルク。動きやすさなんて二の次ッヒ」


「なるほど、観客もいることだしかっこいいランツクネヒトの宣伝にはちょうどいいってわけか」


 六郎とベアトリクスは再度にらみ合い打ち合いを始めた。そしてフィオナ達の戦いも局面を迎えていた。


「そりゃそりゃ!」


 フィオナは必至に攻撃を打ち込む


「あなた、ただの狩人にしてはなかなかやるのね!」ニューニャはそう言うと後ろに下がり、白い液体の入ったビンを取り出した。 「でももう終わりなのね!」


 ニューニャはビンを開け白い液体を飲みだした。ゴクリという音が一瞬の静寂に響き渡る。


「いい飲みっぷりだ……」「あの子役者かなにかか?」「絵になるなぁ」


 オーディエンスは口々に言った。


「ふぅ、美味しいのね」


「隙あり!」


 フィオナはすかさず弓矢でニューニャの剣を弾き飛ばした。


「いい腕なのね、でもその剣はもう必要ないのね」


 そう言うとニューニャは素早くフィオナの懐に入る。


「なっ!? はやっ!!」


 短剣を持っているとはいえ自分の腕先より近い相手に攻撃することは難しい。うろたえるフィオナの喉をするどいチョップが手刀が襲う。


「うぐっ!」


 喉を突かれ苦しむフィオナ。その隙をニューニャは逃しはしなかった。


「苦しんでる暇は無いのね」


 よろけるフィオナを強烈な蹴りが襲う。そのまま十メートルほど後方へ吹っ飛ばされた。


「おえっ、吐きそう……」


 地面に転がり身悶えるフィオナ。


「う~ん、武器を使わずに敵を一方的に屠れるのは気分がいいのね」


 ふらふらと踊るニューニャの顔はほんのり赤く紅潮していた。


「もしかして、酔ってるの……?」


 フィオナが言った。


「コサックがお酒を飲むのがおかしいのね? このサキュバス・カルーアミルクがあれば私は無敵なのね!」


 そう言いながらニューニャは再びカルーアミルクを飲み始めた。


「美味しいのね~。さぁ、私のサキュバ酔拳で極楽へ連れて行ってあげるのね!」


 ニューニャはフィオナにとどめを刺そうと距離を詰める。


「くっ、させない!」


 倒れた状態でフィオナは矢を連射する。


「効かないのね!」


 希望虚しく、放った矢は全て受け止められてしまう。その様はまるで曲芸士じみていた。


「今の私に飛び道具は通用しないのね、これで終わりなのね」


 ニューニャは倒れたフィオナに手刀を振り下ろす。


「まだ終わりじゃない!」


 フィオナは手刀を両手で受け止める。


「なっ!? 離すのね!!」


 フィオナは腕を捕まれてうろたえるニューニャをそのまま引っ張り倒した。


「寝技なら、負けない!」


 拳法の使い手とはいえ、超至近距離の戦いに持ち込まれてはその力を生かせないのだ。おまけに小柄であれば体格の差がある。とフィオナは思っていた。


「残念なのね、サキュバスに寝技で勝とうなんて考えが甘いのね」


「えっ!?」


「ニューニャの腕はまるで蛇のようにしなやかに動き、フィオナの首を締め上げた」


「うぐ、苦しっ」


「さぁ、このまま死ぬのね!」


 危うし!このままではフィオナは帰らぬ人となってしまう!


「……うご!」


 フィオナは首を絞められながらもニューニャの顔にパンチ、腹には膝蹴りを叩き込む。


「うげっ、しぶといのね!大人しくするのね!」


 可憐な少女同士の醜い泥仕合はヒートアップした。


「死ねーー!」


「お前が死ねーー!」


 互いに髪を引っ張り合いながら汚く罵り合う二人の乙女。


「キャットファイトだーーっ!」「ヒューーーっ!」「やれやれーーーっ!」


 オーディエンス達は大いに盛り上がっている。


「ニューニャちゃん頑張れーーっ!」「フィオナちゃん顔を狙えーーっ!」





 一方、六郎とベアトリクスの戦いは一向に勝負がつかず未だに打ち合っていた。


「食らえ、金遁・人の海!」


 六郎は周囲に小銭をばら撒く。


「金だ!」「俺のだ!」「違う、俺のだ!」


 近くにいた物乞い達が一斉に集まってくる。


「なっ、邪魔だンケルク!」


 ベアトリクスは六郎に近づこうと物乞い達を掻き分ける。


「土遁・地雷原!」


 六郎が火種をベアトリクスの足元に投げ込むと、先ほど投げた金貨が一斉に爆発する。


「うわーっ!」「熱いーーっ!」「おかあちゃーん!」


 煙の中から物乞い達の叫びが聞こえる。


 断末魔が響いた後、数秒の静寂が流れた。


「けほっ、爆弾なんて味な真似をするンベルク」


 爆煙の中から元々切れ込みの入った服が更にぼろぼろになったベアトリクス、その周囲には気絶した物乞い達が倒れていた。


「やっぱりこの程度じゃあ大したダメージにはならないみたいだな」


「おかげでもっとかっこよくなったんブルク。まだ少し煙たいッヒね」


 そう言うとベアトリクスは槍を高速回転させ、周囲の煙を吹き飛ばした。


「なんでもありかよ、サーカスにも入ったほうがいいんじゃないか?」


「ご忠告どうもルベン」


 再び両者は構えた。


「ところで、人は会話をしていると集中力が著しく落ちるんベルク」


「なんの話だ?」


「こういうことデッヒ!」


 構えた槍の穂先が六郎めがけて発射される。


「うおっ!」


 射出された穂先は六郎の足に刺さる。


「集中力が足りないッヒね」


 ひるんだ六郎に対し、ベアトリクスは槍で殴りつけた。


「ぐあっ!」


 地面に倒れこむ六郎。ベアトリクスはとどめ用の短剣を抜き六郎に馬乗りになった。


「さぁ、最後に言い残すことはあるんンベルク?」


 太陽を背にし、逆光で暗い顔のままベアトリクスは言った。


「待て、お前あの子からいくらもらってる?」


 六郎は言った。


「御仁、買収する気ネン?あなた達を倒すために一万ゴールドもらってるンベルク」


 ベアトリクスは言った。


「じゃあ俺達はその倍額払おう、あの子を追い払ってくれ」そう言うと六郎は先ほどのレースの賞金を取り出した。


「あー……、わかったんベルク。じゃあ、あなた達を殺す理由はなイッヒ」


 そう言うとベアトリクスは立ち上がり、寝技をしている二人の方へ歩いていった。


「死ねーー!」


「お前が死ねーー!痛っ!」


 ニューニャは頭に痛みを感じ頭上を見上げた。


「ニューニャ、悪いけどちょっと眠ってもらうんベルク」


 そう言うとベアトリクスはニューニャを思い切り殴りつける。


「あだっ!」


 可哀想にも頭頂部に巨大なこぶをつくり、ニューニャは気絶した。


「ちょっと!もう少しで勝ってたのに!」


 フィオナは文句を言う。


「せっかく助けてあげたのに、うるさいお嬢さんブルクねぇ」


「悪いな、これが代金だ」


 そう言って六郎は金の入った袋をベアトリクスに差し出した。


「確かにもらったンベルク。ニューニャの息の根は止めなくていイッヒ?」


「子供を殺す趣味は無いからな。俺達が街を出るまで見張っといてくれ」


「了解したンケルク」


 ベアトリクスは気絶したニューニャを引きずって歩き去っていった。


「すごい顔だぞ」


 六郎はフィオナに言った。殺し合いで鬼の形相に変貌していたその表情は、とても普段のかわいらしさは微塵もなかった。


「殺されるかもしれなかったに普通の顔できるわけ無いでしょ!」


「ほら、あの子が起きてきたらこっちに飛んでくるかもしれないからな、さっさと買い物を終わらせていくぞ」


 そう言うと六郎は市場の方へ歩き出した。


「ああ、ちょっと待ってよ!」


 フィオナは起き上がって後を追いかける


 オーディエンスを掻き分け、二人の姿は市場に消えていった。

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