おまじない

蟷螂

第1話

九州は梅雨入りしたらしい。

ここも、もうすぐ梅雨入りするだろう。

空は重くどんよりとしていた。

そんな湿気が多く蒸し暑い中

僕、葉山謙斗は眠っていた。

こんな劣悪な環境であっても

眠ることが出来るのは寝不足だから。

そうこうしていると

公民の授業が終わった。

欽定憲法やら何やら

さっぱりわからない。

「ごめん、ノート見せて」

僕は前の席の男の子の

背中をつついて話しかけた。

彼は平坂あさひ、という名前。

部活には入っていないらしい。

僕と一緒だ。

そんな彼は無言で僕に

青色のノートを差し出した。

「ありがと」

僕がそう言うと

「どう...」

どういたしましてって言ったのだろう。

後ろになるにつれて声は小さくなって行った。

彼のノートは綺麗にまとめられていて

字は滑らかな曲線が目立つ字であった。

僕の乱雑にまとめられたノートとは

まるで大違いである。

そんなノートも近頃は彼のノートを写しているため、綺麗にまとまっている。

平坂には感謝している。

写し終わった僕は微糖の缶コーヒーと

青色のノートを彼の机に置いた。


昨日とは打って変わって

快晴、日本晴れという言葉が似合いそうな

青い空であった。

そんな日は余計に眠さが増して

またもや眠ってしまった。

昨日は早く寝たはずだったのに。

かすかに聞こえるEnglishは

心地よいリズムに聞こえて

夢見心地の浮遊感漂う

1時間となってしまった。

またまた、平坂あさひに

ノートを見せてもらおうと思い

彼の背中を人差し指とつつこうと

したが、もうすでに僕の机には

ピンクの英語のノートが乗っていた。

彼の筆記体チックな流暢な字

「English」と書かれていた。

僕は調子に乗って彼の字を真似してみるが

全く書けず断念した。

なんで今どきの子が筆記体書けるんだろ。

そう疑問に思った僕は

小さな紙の切れ端に

「なんで筆記体書けるの?」

そう書いて彼のノートに挟んだ。

僕はアロエ入りのジュースを買って

ノートと一緒に彼の机に置いた。

その答えは次の日に帰ってきた。

可愛いクマのメモに

「かっこいいかなと思って」

そう書いてあった。

なんだか、彼らしくなくて笑った。


本日も晴天だった。

そんな日に限って体育がある。

めんどくさい。

ただそれだけの理由で体育を休む。

体育館の中ならば、

したが外でやるのは腰が重い。

体育の先生に見学する旨を伝えた。

どうやら、見学は1人だけらしい。

皆は準備運動をし、

サッカーボールをペアで蹴っている。

サッカーならやっても良かったなと

今更、後悔をしたがもう遅い。

見ていると誰かが転んだ。

めんどくさい。

この学校では怪我人は見学者が

看護しなければならないのだ。

ぼやけたシルエットは

段々鮮明になっていく、

平坂あさひである。

「俺の仕事増やすなよ」

彼が近づいてくるなり

彼に笑いながら言った。

「ごめん、ごめん」

近頃は彼との意思疎通が

可能になってきた気がする。

とはいえ、仲が良いと聞かれたら難しい。


2人でグラウンドに併設されている

医務室に向かう。

なぜグラウンドにあるかと言うと

校舎とグラウンドが離れているからだ。

医務室に入るやいなや

僕は彼にこう言った。

「パンツになってベッドに座って」

決してそういう行為に到ろうとか

そんな不純な考えは更々ない。

「なんでパンツまで」

思っていた通りの質問が来た。

「だって太ももの傷、消毒できないし」

そう最もらしい答えを返す。

彼も納得したのか半ズボンを脱ぎ、

汚れのない綺麗なベッドに浅く腰をかけた。

僕はエタノール消毒液と脱脂綿、絆創膏

を持ちベッドの近くの椅子に腰掛けた。

そしてハンガーにかけてあった

白衣を着てみた。

気分はさながら医師だ。

「平坂、脚ここに置いて」

そう言って僕の太ももの間を指した。

近くで見る彼の脚は

白くキメ細やかでむだ毛が1本も生えていなかった。

「え、平坂って毛剃ってるの?」

平坂のふくらはぎを

すりすりしながら聞いた。

「もともと薄い。

あと、そのすりすりやめて

すっごい恥ずかしい」

表情をなかなか変えない彼が

顔を赤くしてるのを見て

僕はなぜだか動悸が走った。

なんだか、いけないことをしているようで。

僕は慌てて治療に戻る。

膝と太ももを擦っている。

もう血は出ていないが

殺菌のために消毒液を含ませた

脱脂綿で優しくなでた。

そして絆創膏を5枚使って広い傷口を

塞いだ。不器用な僕は上手く貼れなかった。

「葉山くんに頼まなきゃ良かった」

そう冗談らしく彼は言った。

あ、そうだやり残したことがあった。


「早く治るおまじない」


僕は彼の膝の絆創膏にキスをした。

顔を上げた時の彼を見て僕は我に返った。

彼はそっぽを向いていた。

耳まで赤く染っていた。

やってしまった。

母親に小さい頃やって貰った

おまじないを同級生にやってしまった。

僕は慌てて

「早く戻ってこいよ」

そういって医務室から逃げるようにでた。

彼と離れてもなお

心臓の動悸は止まることはなかった。


その日から変に彼を意識して

しまうようになった。

しかし、彼は無言で僕の机に

ノートを置いといてくれる。

一週間後だろうか

青色のノートをには

クマのメモが挟まっていた。


「おまじないのお陰で

早く治ったかも」


彼は人の弱点を突いてくるのが

上手いらしい。彼は無意識のようだが。

その紙を家で見て悶えていたのは

また別の話。


ここも梅雨入りしてしまった。

傘を持っていくのがめんどくさい。

だけど、濡れたくない。

そう思いながら結局は持っていく。

黒に白のストライプの傘は

我ながらセンスが良いと思っている。

訳の分からぬ授業は

雨の音で小さくなり

余計に理解が出来なくなっていた。

そんな僕が赤点を取らないのは

彼、平坂あさひの存在が大きい。

いつの間にか彼は僕にとって

なくてはならない存在となっていた。


そんな彼と相合傘をしてしまった。

昼からの雨に傘を持って来ていない僕は

対応することが出来なかった。

下駄箱の周りで悩んでいると

「入る?」

そんな声が聞こえた。

僕は断ろうとしたが平坂がどうしてもと

可愛い目をして言ってきたので

仕方なく相合傘をした。

彼の傘はレインボーの柄で

派手な小さめの傘だった。

男子高校生2人で入るには

小さく互いに遠慮しながら帰った。

彼の息遣いが聞こえていた僕には

また激しい動悸が訪れていた。



そんな彼との別れはすぐ来てしまった。

真夏、7月の終わり。

彼はどうやら引っ越すらしい。

平坂は残ると言ったらしいが

どうやら認められなかったらしい。

そんな僕達は最後の別れをした。

僕は彼に呼ばれた。

それも彼の家の近くの道路に。


「言うの遅くなってごめん」

彼はやっと大きくなった声で言った。

「ほんとに、遅すぎ。

それでどこ行くの」

そう僕は聞いた。

「大阪。」

「遠すぎ」

間髪をいれず僕がそう返した。

「ねぇ、もう会えないかもしれないから

最後に頑張ってのおまじないして?」

そう彼は寂しさを

纏った口調で僕にねだった。

僕は静かに彼に近づき

おまじないをした。

少し唇の濡れた僕たちは

互いに顔を赤くした。


ぽつぽつと雨が降り始めた。

傘を持ってきていない僕たちは

濡れたまま立っていた。

「ありがと。」

互いにそう言った。

雨は僕たちの涙を

誤魔化してくれていた。

僕たちは反対の方向に歩きはじめた。

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おまじない 蟷螂 @Daigom

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