第3話 店は8軒

その、鉄子さんと良子さんがどうして入れ替わったか?それを小学生の僕に話せとはチョットつらい。その前に、菊水商店街の説明をしておこう。


駅から見て南上側、左から〈喫茶 藤〉〈果物屋 トマト〉〈呉服 えり正〉〈婦人服飾 タムラ〉


南下側〈お好み焼き 鉄板〉〈八百屋 バナナ屋〉〈鮮魚 魚常〉〈薬屋大黒堂の物件〉と菊水商店街は並ぶ、駅前の配置は下記のようになっている。


 駅前(南側表口)に銀行が二つ。南北に踏切を越す道に沿って道明寺商店街、お寺がある側が南商店街、踏切を越した側が北商店街、最近北側にスーパーが出来て人通りが多くなった。道明寺南商店街を西に折れて藤井寺駅前商店街がありその延長に隣接する形で菊水商店街がある。

 道明寺商店街は門前町の雰囲気を残し、古くからの店が多い。藤井寺商店街と藤井寺市場は一体となっている。このように藤井寺には商店数も多く、沿線の奥、古市、富田林あたりからもお客さんを呼んだ。菊水商店街の物件は大阪市内の不動産屋が売れ出した。入居店は地元組と大阪市内組に別れる。大阪組は「えり正」さんと、「タムラ」の2軒である。


 喫茶・藤は公園の上、住宅街の中で自宅の一部を喫茶店としていたが、立地の良いここに降りてきた。50代の若かりし頃は美人で、それこそ宝塚を思わせるしっかりママと、コーヒーを入れるためだけに生まれてきたような、ヒゲのよく似合うマスターと、出前専門のウエイトレス嬢、太めの花子さん(20才)の3人でやっている。

 良子さんは、店でお客が切れて一服のときは、女店員二人のも入れて、コーヒーを頼む。僕がいる時は、ミックスジュースを入れてもらう。出前に来た花子さんは、何か新しいモノ入ったと新商品を品定めして帰る。ママは商店街の会計の役をやっている。


***


 果物屋の〈トマト〉は俊介さん(35才)と夏子さん(32才)の夫婦が二人でやっている。僕は学校の試験でトマトを果物と書いて×を貰ったのはここの看板のせいだ。「ややこしい名前をつけるな」と俊介さんに文句を言ったら、お金を出してくれた親父さんが占いに凝っていて、上から読んでも下から読んでも一緒の名前がいいとなって、果物で考えたが、思い当たるものがなくて一番近いトマトにしたと、「ごめん、勝チャン」と言ってトマトを1個くれた。

夫婦は2階を住居としている。ここには僕のマドンナ同級生の夕子ちゃんがいる。


 隣の「えり正」さんは55才で、商店街の会長をやっている。口うるさい父も褒めて、信頼を寄せる人格者だ。奥さんは菊江さんといって和服の似合う大人しい人だ。「えり正」さんは自宅が別にある。子供は遅まきの男子が一人、克也君、同学年隣組の学級委員だ。2階を勉強部屋兼遊び部屋として使っている。僕は学校から帰ると、カバンをほっぽり出して、克也君の2階に行って宿題をしたり、ゲームをしたりする。


 お好みの「鉄板」は、65才の寅吉さんと、出戻りの育子さん40才と、嫁ぎ先で妹であった寛子さん18才の3人でやっている。鉄板の名物は広島焼きと称するオムそばであった。当時は珍しかった。

育子さんは広島の尾道に嫁いだ。一人男の子を生んだが、姑とそりが合わず、離婚して帰って来た。子供は姑が離さなかったが、育子さんは別に親権まで争わなかった。寛子さんは、育子さんを慕っていて、高校を卒業してやってきた。店の2階に住んでいる。寅吉さんは公園裏の古い家に住んでいたが、育子さんのためにこの店を手当した。

昼時は買い物客で、夜は近所の商店主、女将の溜まり場になってしまう。鉄板で海鮮焼きがビールのお相手をする。

 夕飯のメニューに困った時は、良子さんは「鉄板にするかぁー」という。オムそばと豚玉をぺろりと平らげ、瓶ビール2本を飲んで「帰るでぇー、勝治いつまで食べてんねん」長居はしない。居酒屋談義には加わらない。皆もそのへんは分かっていて「お休み」と挨拶する


 八百屋の〈バナナ屋〉ああー、ここもややこしい名前や。本店が道明寺商店街にある。何でも、先代が露天のバナナの叩き売りから店持ちになったところからつけた名前で変えられない。この〈バナナ屋〉の店主は叩き売りから3代目の茂雄さん(38才)だ。奥さんは5年前に亡くし、見習い中の弟さん康夫さん(28才)と二人でやっている。

「えーらっしゃい!安いよ、安いよ、新鮮だよ。採れたてのこの小松菜が98円だよ。えーらっしゃい!」二人の若い掛け声は元気で、店は何時も活気に満ちている。

 本店のバナナ屋は老夫婦がやっている。客足は落ちたが、昔からのお馴染みで持っている。お年寄りは、本店を、若い世帯は支店の方をと上手くいっている。


***


 鮮魚・魚常をやっているのは、常吉さん(33才)、初世さん(33才)の元暴走族夫婦だ。地元の学校を、高校までズート一緒で、卒業してからも暴走族で一緒で、結婚して店も一緒で、ラブラブカップルと思うだろうが、いや~そうなのだ。でもそうでもないのだ。どっちや?はっきりせい!小学校5年生でいくらませてても、夫婦の中とか機微とかは分からない。

 魚常の名物は刺身の盛り合わせだ。常さんの口上はこうだ。

「サー寄った。よった。買ってくれとは言わないよ。見ていってくれたらそれでいい。この鮮度でこの盛りでこの値段、よーく見てくれ。藤井寺中の魚屋回ってこれよりいいのがあったら、この盛り2つタダであげちゃうよ」


 良子さんは云っている。「あれで口銭(こうせん、利益のこと)あるねんやろか?」

そうなんだ、夕方仕舞いがけには残っていると、それが半額になるのだ。おかげで、食卓に刺身は不自由しなかった。常さんは、早く仕舞って、銭湯でさっぱりして、阿倍野近辺に繰り出したいのだ。阿倍野近辺なんて言ったが、ほとんど飛田新地のことだ。

 魚常の名物はもう一つあった。犬も食わないと言われる〈夫婦喧嘩〉だ。派手、派手、切り身は空中を泳ぎ、刺身の〈けん〉は客の頭に乗り髪の毛になり、船はよろしく帽子になる。まー、それはそれでいいのだが、ゴム長にゴムエプロンの二人の手にはしっかと刺身包丁が握られているのだ。一度などは、危険を見かねた「えり正」さんが止めに入って、初世さんに倒されておデコに絆創膏を貼るはめになった。

 良子さん曰く「原因は、常さんの朝帰りにあると」酔っ払って電車に乗り遅れたんかいなと思っていたが、〈朝帰り〉にはもっと違う意味があったようだ。良子さんはそこまで説明しない。初世さんも魚のさばきは上手い。


 最後は、向かいの大黒屋の件である。道明寺商店街、学校そばに昔ながらの〈うだつ〉がある大きな家だ。薬局で石鹸や衛生用品を扱っている。店の横は土間になっていて奥に母屋がある。そこが菊水商店街の物件を物置代わりに使っている。父はこれが我慢ならない、何時もシャッターを閉めて商店街の発展を邪魔しているというのだ。物置なら一杯どこにでもあるだろうと云うのだ。商店街の会合の議題にいつも上げるが、埒があかず、父は会合にこなくなり、代わりに良子さんが出ている。大事な事のみ本店の父に報告するのだが、大事な用件が話されることは滅多にないようだ。売り出しの時は報告しているみたいだが。


 大黒屋は近辺きっての資産家で借家、アパート、駐車場と持っている。当主は薬剤師免許を持つ70才のお米さんだ。亭主は早くに亡くなっている。一人息子(40才)が店を手伝い、前のシャッターを開けて荷物を取りに来るのはこの息子だ。お米さんには〈うだつ〉が上がらない男なのだ。学校の行き帰りに見るのだが、息子のお嫁さんの顔は見たことがない。奥の母屋からで来るのは何時も白い割烹着を着た女中さんだ。最初、この人が奥さんかと思ったが違っていたぐらいだ。伏せているとも、入院しているとも、実家に帰っているとも、近所の人たちも見ていないのだ。

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