ヨドミ

何かが肌にまとわり付くよう感覚がある。

まるで空気が動くのを拒否しているような、さっきまで居た風の街の空気とは正反対だ。

「起きたか?風来坊さんよ。」

声をかけられて目を開けると、見たことの無い、知らない場所に居た。

とにかく薄暗く、息苦しいといった感想が出てくる場所だ。

「ここは……?」

「ここはヨドミ。風の街で犯罪を犯したり、税金が払えないような奴らが落とされる場所だよ。」

目の前にいる血色の悪い老人が教えてくれた。いや、よく見ると多数の人影が遠くからこちらを伺っている。ヨドミとやらの住民達だろう。

懐を見るとセーラが目を回しているが、とりあえずは自分もセーラも無事だったようだ。


「ひとつ教えておくが、ここでは一切の風の恵みが受けられないようになっている。我々は溜息を吐くことすら許されていないのだよ。まあそのおかげで、上から落ちてくるのも風の吹かない程度の速さにしかならないのだがね。」

老人が指差した上方を見ると、先程のパイプの出口であろうダクトがぽっかりと穴を開けている。確かにあそこから普通に落ちてきたらタダでは済まないだろう。老人はゆっくりと首を横に振ると、もう用は無いとばかりに立ち去っていく。とりあえず害をなす人間では無いと判断されたか、遠巻きにこちらを伺っていた住民達もちらほらと姿を消す。

老人が立ち去るのと入れ替わりに、壮年の男がやってきた。こちらは先程の老人に比べてまだ生気がある。

「ま、そういうことだ。だがこんな所にも風の噂ってのは届くもんだな。お前さん、風貨偽造罪なんだって?」

「また知らない言葉が出てきたな、何なんだよ偽風とか風貨とか。」

すると男は呆れたように、

「なんだ知らんのか?あの街ではシルフの作った風が全て、風が通貨。人間が勝手に風を起こすのは大罪なのさ。」

警察官の言っていた事とは少し違うようだが……とにかくそういうことらしい。


「もう一つ聞きたいんだけど、あれ何?」

指差した先にはヨドミの住人の住処と思われるボロ小屋があり、更にその先に大きな建物が見える。

「ああ、ありゃ風工場だ。昔は機械で風を作って世界中に輸出してたんだよ。だがあの暴風将軍の野郎が『人工の風は悪!シルフの風だけが正しい風だ』なんて言い出しやがって……あの工場で働いていた俺たちごと此処を切り離して『ヨドミ』にしたってわけよ。」

「ふーん……?」


風の街、シルフ、風工場……何か線が繋がったような気がする。

「そういう訳でな、風の街で風を吹かせようなんて奴は嫌いじゃないんだ。だから忠告しておくが、ヨドミの出口は不死身の風船兵士が守ってるからな、死にたくないなら脱出しようなんて思うなよ。」

そう言って男は去っていった。



その言葉通り、ヨドミへの出入り口と思われる場所には首のない兵士が2体、槍を持って立ちふさがっていた。


「なあフリード、あいつらってさぁ……」

「ああ、そうだな。」

セーラの言いたいことはわかる。

そうであればヨドミを脱出するのは難しくないだろう。俺は出口に向かって駆け出した。


「止マレ!此処ヲ通ルコトハ許サレテイナイ!」

「許可なんか取る気は無いね!」

警告を無視して速度を上げる。

風を生み出すことのないヨドミの空気が切り裂かれ、渦を巻く。

風船兵士が槍で突き刺してくるのをジャンプで避け、空中で3回まわって2体の間の間に着地する。

すかさず追撃してくる槍を躱すと、その槍は風船兵士がお互いを突き刺す形になる。通常であればかすり傷程度の僅かな傷であるが、


ぶしゅうううっ!

そこから空気が吹き出し、2体の風船兵士は凄い勢いで吹っ飛んで、無軌道に空中を飛んだ後、ぴるぴるぴるぴる~と情けなく落ちてくる。

そう、風船兵士というのは、あの警察官が着ていた風船筋肉の中身が無いバージョンだったのだ。

もっとも警察官が使っていたものよりは遥かに高性能で、自律的な動きもできる。中身が居ないから死なないが、突き刺す攻撃には弱い、というところだ。


そして俺はヨドミの出口を駆け抜けていった。

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