チェーンのカフェ店に置かれたパキラ

 頭の悪いデザイナーがペニスを擦る片手間に思いついたような、流線型の醜い日本車が通り過ぎるのを見送ってチェーンのカフェに入った俺達は、それぞれに飲み物を注文して店の一番奥の席を占領した。

 鉄錆の混じったような色の冷えた紅茶を数秒で飲み干した津田が言った。「トニー・スコットの『ハンガー』を見たとき、女同士でセックスしているところを見て射精した後は居寝りをしてしまって、ろくに見ていないんだ」

「この野郎!」

 津田の鼻面を田中が思い切り殴り飛ばした。すかさず俺は観葉植物として置かれていたパキラの一番高いところの芽を目掛けて、居合い切りの要領で刀を振るった。クール・ジャパン政策の一環で、豊臣秀吉の廃刀令は令和元年に既に解かれていた。腰の鞘から閃いた刀の刃先は確かにそれを捉えたが、斬撃のあまりの速さと精確さのために、芽は一度本体から切り離されたのち、見事にくっついてしまった。しかし、本体と言っても、植物の本体とは一体どの部分を指すのであろうか? 根本から切断されて切り株にされてしまった大木は、その脇から小さな枝を伸ばし始める。それはやがて新たな幹となり、やがてまた、それは立派な大木へと成長する。地上に出ている部分は修復可能な非―本体なのか? 根は傷付いたら治らないのだろうか?

 バカな。俺達は一つ一つの細胞からできているのだ。細胞一つ一つがそれぞれに生きていて、便宜的な事情から37兆ほどが集まり、それよりも多い微生物の群れと共存して人間という形を作っているのに過ぎないのだ。未だ人の生き血を知らない刀を鞘にしまい、氷で薄まってしまったフレッシュりんごジュースを一度に飲み干した。

「小便してくる」と津田を一方的に殴り続けている田中に告げ、俺はゴキブリの死骸と毛髪と飛び散った排泄物でベトついた男子トイレの中で放尿した。石鹸の補充されていない洗面所で手を洗いながら、俺は両目がひどく充血し、周りの肌が、黒ずみ、腐り爛れて、膨張していることに気が付いた。風邪だ。今日は早く帰って眠るべきかもしれない。

 体調不良の旨を伝え、ボコボコにされた津田と田中の一触即発の張り詰めた空気を感じながら別れを告げた。自動ドアを通り過ぎ、夜風に当たりながら、俺はパキラの芽の根本の細胞同士の別離と再会について思いを巡らせ、感動の涙を流した。

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