2:家



 わたしはいらない子だ。

 


 人懐っこくない。

 愛嬌がない。

 可愛くない。


 それらは、4人いる姉弟たちの中でわたしに向けられる言葉だった。

 両親から離れ、姉弟たちとこの家でお世話になってから数年…。まだこの家には慣れない。

 誰も来ることがない、西日が差し込む納屋代わりのこの部屋だけがわたしが安心できる空間だった。


「姉ちゃん、飯のときだけは足が早いんだな」


この家の人たちパパとママは私たちに服も、おもちゃもくれて、可愛がってくれるのに何が不満なの?変わり者の考えはわからないよ」


「見栄えが悪いからでしょ?見てよあの汚い色のくるくるした毛。わたしはいつも家の人達パパとママが綺麗な狐色ねって褒めてくれるもの…」


 姉弟たちの言葉を無視してわたしは食事にありつく。

 さっさと食べてあの部屋に戻ろう。煩わしいことは我慢すればいい。

 本当はこの服も大嫌い。でも、捨てられるのは怖いから服を破くのは我慢してる。

 首につけたコレも、間違えて外に出てしまった時に怖い人に捕まえられて殺されてしまわないようにつけてるだけで好きじゃない。

 ご飯も服も全部与えられる代わりに外に出ることも自分で何かを選ぶことも許されない。

 わたしたちは…いや、わたしはそれで生きている…そう言えるのかな。

 ごはんがまずくなる。とりあえず今はそんなこと考えないほうがいい。どうせわたしはここで死ぬまで暮らしていくしかないのだから。


「まったく…他の子たちはこんなに愛想がいいのにねぇ」


 食べている途中のわたしの器をさっととりあげた家人は、ため息をつきながら呆れた顔をする。

 ここで媚びた声を出せたら、確かにわたしはもっと良い待遇を受けられたのかもしれない。

 でも、わたしの声は低くてしゃがれたかわいくない声だから…もし、ここで何かを話したとしても「相変わらず可愛くない声ね」って言われるのはわかってる。

 なので、わたしはそのまま温かな光の灯ったみんなが集う空間を後にして、それから、わたしだけの空間…納屋代わりの灯りもつかない薄暗い部屋に戻って丸くなる。


 いつもこんな毎日だけど、今日はいいことがあった。

 煙のように消えてしまった真っ黒な彼は、また来てくれるだろうか。

 彼の残していった黒い羽根を額に当てながらわたしは目を閉じる。


「こんにちは。素敵な毛色のお姉さん」


「そういえば君の名前は?メイ?そう…いい響きの名前だね。俺は好きだよ」


「メイ、今日の気分はどうだい?天気が悪い日が続くけど君に会えると元気になれるよ」


「こんにちは。西日に照らされた君は神々しくてなにかの神サマみたいに美しいね」


 飽きることもなく、彼は毎日窓際にやってきては声をかけてくる。

 こんなわたしに毎日会いに来てくれて優しい声をかけて去っていく。

 わたしは、彼の名前を聞くきっかけもつかめないし、面白いことなんてなにも話せないのに。


「君と話せるようになってから、つまらないと思ってた毎日が楽しくなったよ」


「つまらないの?あなたはその素敵な翼でどこにでも飛んでいけるのに?」


 相変わらず彼の話に相槌くらいしか打てなかったわたしが、珍しく疑問を口にした。

 彼の琥珀色に光る瞳が、ビー玉みたいにまんまるになって、そしてキラキラと光を帯びる。


「素敵な翼…かぁ。この真っ黒で不吉な翼が…」


 ふふっと嬉しそうな声を漏らした彼は、その場で翼を広げて自分で見回した後、再びわたしのほうを見て笑う。

 そんな彼のうれしそうな姿のせいで毎日外を飛び回っているのになんでつまらないなんていうんだろうという疑問はどうでもよくなってしまう。


「そうだな…困った時には俺の羽根のことを考えるといい。不吉な色って言われてるけど、困りごとを助けるくらいの力はあるんだぜ?」


「なぁに、それ?」

 

「この不吉な翼を褒めてくれた君へのほんのお礼だよ。ま、使うときなんて来ないほうが良いけど」


「ふふ…まるで魔法使いみたいね」


「本当は、俺がこの手で…君を助けたいんだけどね。一緒に空でも飛んで…さ」


「それは…無理だよ。わたしにあなたの隣は飛べないもの」


 太陽が落ち始めて暗くなりつつある空を見上げて、彼は少しさみしげな声で言った。

 わたしに羽根はない。この家から出ることもできない。彼と並んで空を飛ぶなんて出来ない。

 答えに困って俯いていると羽音が聞こえた。


「じゃ、また来るよ」


 顔を上げたときにはもう彼の姿は見えなくなっていて、いつも通り彼のものであろう黒い羽根が窓辺に落ちている。

 わたしは今日もそれを拾って、寝床の下にしっかりと隠す。

 わたしだけの宝物。誰か一人がどうしようもないわたしを求めてくれたっていう証拠。

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