黒き獣は空を飛ぶ

こむらさき

1:月夜

「今夜、君を連れていきたい」


「それは…たぶん無理だよ。わたしは家から出られないし…」


「大丈夫、迎えに来るよ、必ず」


「わたしは…こうしてたまに話せるだけで…」


 うつむきながら絞り出した、わたしのちいさな声なんて聞いてないみたいに、彼は背を向けて飛んでいってしまう。

 暗闇の中だったら周りに溶け込んでしまいそうなほど真っ黒な翼をはためかせて、どんどん小さくなっていく彼の姿を見ながら、言い切れなかった言葉を飲み込んだわたしは、その代わりにため息を漏らした。


 彼が、わたしの前に姿を現したのは本当に突然のことだった。

 どこもかしこも居心地が悪いわたしの誰にも邪魔をされないこの部屋の窓際お気に入りの空間で外を見てる時に、彼は現れた。


 コンコン…と窓をしつこく叩く音でわたしは目を覚ます。

 目をゆっくり開くと、目の前に広がっていたのは大きな漆黒の両翼。

 窓の鍵は確かにしまっていたはずなのに…。

 不思議な事が急に起こって混乱していると、彼は低くて柔らかい、とても聞き心地の良い声でこういった。


「君と話をしたくて、ここまで下りて来たんだ」


 艶のあるキレイな黒が印象的な彼は、キラキラした琥珀色に輝く宝石のような目でわたしを見つめる。


「な…なんでわたしなんか」


「すごく可愛かったから…かな?毎日ここにいるだろ?気になっててさ」


「かわいくなんか…」


「その服も、首のチョーカーもめちゃくちゃかわいいよ。それに、君の茶色と黒が混じり合ったやわらかそうな毛もキュートだし…緑色の瞳もすごく綺麗だと思うよ」


「服も首輪も好きで付けてるわけじゃないし…それにわたしの毛は錆びた鉄みたいな色っていつも言われてる…」


「ごはんよー!みんないらっしゃい!どこにいるのー?」


「あ…。その…もういかなきゃ」


 わたしを呼ぶ声が下の階から聞こえてきた。それに続いて、姉弟たちが階段を駆け下りていく足音も聞こえる。


 自分を呼ぶ声に反応して、ほんの一瞬目を離していた隙に、確かにさっきまで話していたはずの彼の姿は煙みたいに消えていた。

 窓の方を見たけれど、開いた様子はない。

 

「鍵もあいてない…よね」


 不思議すぎて首をかしげる。

 うたた寝をしている間にみた夢なのかな…と自分を疑ってみる。


「―あ」

 

 でも、窓のすぐ近くに落ちている真っ黒な羽根を見つけて、夢じゃなかった…そう思った。

 誰にも見つからないように、そっと寝床の中にその黒い羽根をしまいこんで、わたしは、のそのそとゆっくりとした足取りで夕食にありつくために部屋を後にした。

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