第7話 可愛いは正義
ルシアの一撃を腕で受け止めたゴーレムは、動きを鈍らせつつ、もう一方の腕を大きく薙ぎ払った。
初動を見抜いた直後に、ルシアはバク転で腕を躱し、右手で地面を優しく撫でた。
すると一本のツルが石造りの舞台を突き抜けて生えたのだ。そして、それはロープの如く急成長し、ゴーレムの腕に巻きついた。
突然の拘束に驚いたゴーレムは、腕を引き寄せてツルを千切ろうとする。
しかし、ツルはビクともせず、しっかりと鋼鉄の腕を捕らえ、離そうとはしなかった。
「自然だって、機械に負けてないわよ!」
ルシアは右腕に魔力を滾らせると、ツルを自由自在に操り、再びゴーレムを地面に叩きつける。
自然と調和して生きるエルフに持たされた力、自然魔法。ルシアが最も得意とする魔法の一つである。
そもそも無から一時的な生命を生み出す自然魔法は、使用者の魔力ではなく、大気に満ちた魔素や地中の龍脈を利用している。
その為、周りが森や泉などであればあるほど威力は増し、猛威を振るうのだ。
土ぼこり塗れとなったゴーレムは、ルシアを注意人物と判定した。
そして、体内機関で腕を熱し始めると、突如それをルシアに向けたのだった。
「気をつけろ、高熱波が来るゾ!」
「えっ!? そんなの聞いてないんだけど……っ」
鋭い呼気を漏らすとルシアは更に数本のツルを生やすと、その背後に隠れた。
直後、表皮を軽く焦がすほどの熱風が吹き荒れ、強力な赤外線が発射される。
「アツイアツイ! オレも盾にするんじゃネェ!」
「し、仕方ないでしょ! こんなの……クッ」
ツルの背後に隠れてもなお、届いてしまった熱線がルシア達の全身を温める。
皮膚がただれるのは時間の問題――何か手を打たなければ、危険な状況だった。
「ライン、あの腕を切り落とすわよ!」
「ま、マジで言ってんのカ!? この状態で出力を更に上げれば、ただじゃすまないゾ!」
「分かってる。でも……、背に腹はかえられないわ」
このまま熱線の餌食になるくらいなら、多少の犠牲を払ってでも一撃を食らわせた方が良い。
そんな結論にたどり着いたルシアは、覚悟を決めて、飛び出そうと体勢を低くした。
しかしその直後――吹き荒れていた熱風はピタリと収まった。
まるでエネルギー供給が途切れたかのように……。
「ど……、どういう事ダ?」
困惑するラインを握りしめると、ルシアはツルの盾から飛び出し、舞台の中央で跪いていたゴーレムを一瞥した。
ゴーレムの体勢は先程から何一つ変わっていない。
ただ――高熱波を放っていたであろう腕には小さな空洞、いや貫通孔が出来ていたのだ。
「――刺突砲」
ゴーレムからかなり離れた場所で、ダガーを突き出していたローグは静寂に包まれた舞台でポツリと呟いた。
直後、ゴーレムの瞳から輝きが失われ、鋼鉄の塊と化したのだった。
ただ熱線を止めただけではない、ローグは命令通りゴーレム核までも破壊していたのだ。
しかも、たった一撃で……。
「大丈夫だったかい?」
「え、えぇ。おかげさまで」
「君が注意を引いてくれたから、簡単に核を見つけられたんだ。ゴーレム相手に一人だとかなりキツいからね、助かったよ」
ダガーを鞘に収めてから懐にしまったローグは、爽やかな表情でルシアに礼を言うと、ゴーレムの様子を見に行った。
助けられたのは自分の方なのに……。
唖然として、感謝の言葉も伝えられなかった自身を恥じながら、ルシアはローグの後を追った。
無音で煌めいた一閃――彼の放った敵への不意打ちはあまりにも静かで速かった。
かつ拳よりも小さいゴーレムの核までも破壊する正確さ、素人が成せる技ではい。
一体、彼は何者なのだろうか?
そんな疑問を抱きつつ、ローグを呼び止めようとしたその時――
「よくぞここまで辿り着き、ゴーレムを倒した。おめでとう!」
賞賛の声はさざ波のように広がり、舞台を支配し始めていた静寂を突き破った。
乾いた拍手の音と共に舞台の奥から一人の青年が出てくる。癖のある白髪と藍色の瞳、その特徴だけでも、二人はその青年が勇者である事に気付く。
「それにしても、まさかこんなにも早く仕掛けを解いてしまうとはな……。コレばかりは俺も脱帽だ」
演説の時の様な鎧姿ではなく、こじゃれた布の服というラフな格好。
この場を堅苦しくしたくなかったのか、彼の態度はあの時と大きく違い、寧ろどこにでもいそうなイケメンの印象が強かった。
「ありがたきお言葉をありがとうございます、勇者ゼクター様」
「あ、アタシもありがとうございます……っ」
「そんなにかしこまらなくていい、俺だって所詮は勇者の肩書きを背負ったただの男だからな」
勇者ことゼクターは気恥ずかしそうに苦笑すると、右手で額を抑えて照れを紛らわそうとする。
ふと、その手の甲に刻まれた紋章がルシアの目に留まった。神剣クロスゾーンを扱える選ばれしものに刻まれるその証は、光を反射して少しだけ輝いているようにも見える。
「ふぅ……、思ったより早く決まったみたいでなによりです」
直後、勇者の登場に続くように凛とした声が上空から降り注いだ。驚いたルシアが見上げた先、そこには茶髪の長く艷やかな髪を下ろした一人の少女が舞台席から心配そうに見下ろしていたのだ。
彼女は安堵のため息を吐き出すと、身長の数倍はある高さの手すりから身を乗り出した。
そして白を基調とした魔導師用のローブとスカートを上手く抑えながら飛び降りると、ゼクターの隣に並び、どこか幼気で可憐な笑みを浮かべたのだった。
「ったく、皇女だってのに相変わらず礼儀をわきまえないな、ロナちゃんは」
「出来るだけ硬いのはなしと仰ったのは貴方ですよ、ゼクターさん。それに、その皇女にちゃん付けする方が礼儀をわきまえてないと私は思いますけど?」
ジト目で隣の勇者を睨みつけた後、改まった彼女はルシアとローグの手前で深々とお辞儀をした。
「申し遅れました。私、勇者ゼクター様のお供させていただいております、魔導師のロナ=ルキドーラと申します。この度は、ゼクター様の無茶振りに答えていただき誠にありがとうございました」
「こちらこそご丁寧にありがとうございます。僕は短剣使いのローグです、そして彼女が……」
「……ぶ、武器コレクターのルシアと申します。その、よろしくおねがいします」
流れに乗り切れずあたふたしているルシア。そんな彼女を更に追い込むかのように、いつの間にか元の姿に戻っていた奴が肩の上に現れる。
「ドウモ、僕はスライムのライ――ゴフッ!?」
「アンタは黙ってなさいよ、話がややこしくなるでしょ……っ」
「自己紹介してんダロ! オレだけ仲間外れはヒドイゾ!」
どこぞの茶番を繰り広げ始めるルシアと一匹のスライムにゼクターとロナは、呆気に取られたように目をまん丸にした。特にロナに至っては身体を硬直させて口をパクパクさせていたのだった……。
「こ、これはそのー。何というかー」
唯でさえ魔物を従えている人間はよく思われないというのに、この状況はかなりまずい。
冷や汗を流したルシアは、引きつった笑いを浮かべながらラインを片手で握りつぶし、隠そうとする。
だがそれよりも早く、ロナが口を開いてしまった。
「か……、か…………」
絞り出された声は途切れとぎれで、上手く言葉を紡いでいなかった。
やはりそこまで衝撃を与えてしまったのだろうか――とルシアが感じた直後だった。
「か、可愛い……ッ!!」
「「「はぁ……!?」」」
予想外すぎる反応に一同が戸惑いの声を上げる。しかし、そんな事全くお構いなしに子供っぽく目を爛々と輝かせたロナは疾風のごとくルシアに駆け寄ると、肩に乗っていたラインに顔を近づけて話しかける。
「それに喋るスライムなんて初めて見ます! ねぇねぇ僕、お名前は何ていうんですか?」
「お、オレはラインっていうんだ。よ……、よろしくな」
「ひゃぁああ! 凄い凄い、本当に喋ってます! ライン君っていうんですね、こちらこそよろしくおねがいします!」
あまりにも積極的すぎる彼女にラインは早速引き始めていた。
そう、実際は逆だった……。ロナはスライムが嫌いなのではなく、「大」が数個付いてもおかしくはないほど好きだったのだ。
「うわぁ、凄く柔らかいですね。やっぱりこのぷにぷに感がたまらないですよね」
「ちょっ、突っつくなって。くすぐったいダロ……!」
「お、おい、ロナちゃん。そこまでにしておいた方が――」
「すみません、ルシアさん! もしよければ、この子抱いてみてもいいですか? こんなにも感触のいいスライムは初めてで……!」
ゼクターの言葉すらも耳に入っていないのか、ロナの暴走は止まる気配を見せない。
彼女は勇者の言葉を遮って、瞳に星を煌めかせながら、ルシアに頼み込んでいた。一方でそのお願いを聞いた瞬間、顔を真っ青にしたラインはルシアに助けを乞うような視線を送る。
普段は常に陽気で気楽なラインが弱い所を見せた唯一の瞬間……。
その時だった、ふとルシアの口角が釣り上がり、意地悪そうな笑みが浮かんだのは。
「ええ、大丈夫ですよ。ぜひ抱いてあげて下さい」
「ちょっ、ルシア! オレの事を裏切る気か!?」
「ありがとうございます!! さあ、ライン君、こっちにおいでー」
「ちょっと、待て待て待て待て……っ。うわぁああああ!!」
彼の悲鳴とともにその地獄の時間は始まってしまったのだった。
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