第6話 最後の試練
「着いたわね、ここがキプラス廃闘技場よ」
ルシアの肩の上で森のそよ風を感じながら寝息を立てていたラインは、彼女の声を耳にして、咄嗟に目を開ける。
彼が見上げた先、そこには苔の生えた石が敷き詰められた門が構えられていた。
石の隙間から植物が生えていたり、ツルが張り巡らされている辺りからも長い間、手が加えられていない事は明白だった。
……何か妙な気配がするナ。
普段は滅多に感じることのない属性の魔素が充満している事を感じ取ったラインは、少しだけ身構える。
聖剣を食べてからというもの、どういう訳か、彼は微々たる魔素の変化にも敏感になっていた。
人間でも魔法を使わなければ判別できない魔素の属性――魔素が持ち得る性質や原質まで、自然と分かってしまうのだ。
だから今回も彼は意図せずとも理解していた、その場所に勇者ではない何者かが潜んでいることを。
「へぇ……、森の中にこんな場所があったとはね」
「ここに来るのは初めてかしら?」
「うん、この地域にはつい最近足を踏み入れたばかりだからね。土地勘には疎いのさ」
「なるほど。それなら、さっきの暗号とやらが解読できなかったのも頷けるわね」
そう言う意味じゃないだろと、口に出さずともラインは物凄い速さでツッコミを入れた。
彼も先程の暗号はチラッと見たが、全く理解出来ていなかった。
そもそも人間の文字自体を読めるかどうかも怪しいのだから、読めなくて当然なのだが……、あれが文字である事すらも、彼には分からなかったのだ。
「はは……、そうかもしれないね」
これには流石のローグも苦笑いである。
恐らく彼女は分かっていないのだろう、その文字が読めることがどれ程凄いことなのかを。
「……それで、貴方の言う暗号の通りなら、ここに勇者がいるのかしら?」
「うん、恐らくね。ただ……、僕が予測するに
「終わり……じゃない?」
「今までの試練は、飽くまで知性の試練。これくらい、頭の良い学者なら誰だって乗り越えられるだろう。しかし――勇者についていくのなら、力も無くてはならない」
ローグの言う通りだった。
もしこれが彼の言う試練だとすれば、まだルシア達の力量は試されていない事になる。
この場所にくるまで、幾らか魔物とは戦ったが、それが勇者の試練だとも考えにくい。
それにライン自身も薄々気づいていた。その違和感の正体が、勇者が課した最後の試練である事くらいは。
「ローグの言う通り、闘技場の中に何かいるみたいダゼ。中に入るなら、覚悟を決めるんダナ」
「忠告ありがとうね、ライン。……貴方は大丈夫かしら?」
「……戦いの準備なら常に出来てるさ」
そう言ってローグは笑顔を貼り付けたまま、長袖に忍び込ませた一本のダガーを取り出したのだった。
☆
――キプラス廃闘技場
かつてこのキプゾール森林が伐採により面積が縮小し、現在でいうキプラス村が貿易で栄えていた頃、ここでは様々な武闘会が開かれていた。帝国中の腕自慢達が集結し、数々の名勝負をこの地で繰り広げたそうだ。
しかし、それから数百年たった今となっては村の衰退によりこの闘技場は忘れ去られた場所となってしまった。
廃墟好きなマニア以外は誰も訪れはしないそんな辺境の地に、勇者の試練という名目でルシアとローグは足を踏み入れていた。
「何というか……、不思議な場所だね。当時の熱気が伝わってくる気がする」
苔石に描かれた壁画を眺めたローグは物珍しそうな眼差しを向けて、ふと呟いたのだった。
しかし、ローグがかつての闘技の聖地を感慨深く観察する一方で、ルシアはただ闘技場の中をジッと見つめていた。
そして、それはラインも同じだった。
なぜなら、そこには一体の鋼鉄製の人工魔物、ゴーレムが佇んでいたからである。
「違和感の正体はアレだったみたいダナ」
「ゴーレム……か」
苦虫を噛みつぶしたように顔を強張らせたルシアは、自身の拳を強く握りしめた。
眼帯のせいでラインからは彼女の表情を読み取れなかった。しかし、それでも『何か』を介してルシアの怒りや悲しみは不思議と伝わってきたのだった。
「帝国のゴーレムだね。どうやら、君の解読は間違っていなかったみたいだ」
「あれを倒せば、試練はクリア……ということかしら?」
「それは僕にも分からない。ただ、あれを倒さない限りは、勇者に会えそうもないね」
ダガーを握りしめると、ローグは冷たい笑みを浮かべて舞台へと出ていく。
彼の背中を眺めていたルシアは、ラインをつついて合図を送ってきた。ローグが見てない内に武器に変身してくれ、と言っているのだろう。
「いつもので構わないカ……?」
「別に何でもいいわよ。基本的な武器種は全部扱えるから」
「それが君の凄いところだよネェ」
そう言うとラインは飛び跳ねると、自ら輝きを放って聖剣へと変身を遂げた。
そしてそれを優しくキャッチしたルシアも、それを蜘蛛の手で握りしめると、舞台へと躍り出たのだった。
「力の出力は出来るだけ抑えて、いい?」
「了解ダ。そこの辺りは任せトケ」
聖剣ほどにもなると、武器の力は時に使用者にも刃を向ける。
後先考えず、むやみやたらにその力を使ってしまうと、下手したら自分自身をも傷つけてしまうかもしれないのだ。
だから、常に武器の力を意識して、それを調整しなければならない。
つまり戦いのいかなる場面でも、使用者のルシアと武器とも言えるラインのコンビネーションが重要となってくるのだ。
舞台の中央で仁王立ちしていた鋼鉄の人形は、ローグとルシアの存在を感知するやいなや、目に鈍い紅を宿すと、機械音を立てながらゆっくりと動き始めた。
「二名ノ侵入者ヲ確認。タダチニ排除プロセスヲ実行スル」
魔法音声が鳴り響かせると、ゴーレムはローグに標的を定め、猛突進を開始する。
腕から白い蒸気が吹き出し、熱せられた鋼鉄が赤色に染まる。恐らくその腕でローグを殴り飛ばそうという算段なのだろう。
「戦闘は得な方じゃ、ないんだけどね……!」
心許なさそうな短剣一本しか持っていないにもかかわらず、ローグは打ち出された赤色鋼鉄の腕を軽くいなし、ゴーレムの体制を一瞬だけ崩させた。
そして軽快なステップで敵のサイドに回り込むと、空を裂くような刺突をゴーレムの体躯に打ち込む。
短刃の一撃――どう見ても鋼鉄製のゴーレム相手には倒すどころか、ダメージすらも与えられなさそうな弱々しい一発だ。
しかし、ローグの放った一発がゴーレムに当たった直後、その巨体は爆風を生み出す衝撃でふっ飛ばされた。ゴーレムの脇腹は僅かながらへこみ、内部にまでも損傷を与えたのだった。
「ガギギギ……」
受け身のプログラムもされているのか、ゴーレムは転倒する事なく地面に手をついて衝撃を吸収させた。
確かに一対一ならそれでも良かったかもしれない、だがそんな隙を見逃すほど聖剣使いのルシアは甘くなかった。
「イヤァァァァァ!!」
鋭利な刃のような気合と共に高く跳躍したルシアは、全体重を聖剣に預け、上段からの一撃を怯んだゴーレムに叩き入れる。
目をくらます眩い光と魔素の流れすらも大きく変えてしまうエネルギー波が放たれ、鼓膜を突き刺すような金属音が鳴り響いた。
火花を散らしながら、ゴーレムの腕はあっさりと聖剣によって変形してしまう。
更に古びた神聖なる舞台には、彼女の一撃によってクレーターが刻まれてしまった。
「タンクは引き受けるわ。ローグはゴーレムの核をお願い!」
「りょ、了解……!」
ルシアの想像を絶する一撃に唖然としていたローグは、コクリと頷くとゴーレムの核探しに集中し始める。
ゴーレム体内にある魔石核――いわゆる心臓部を破壊してしまえば、ゴーレムは停止するのだ。
しかし、その核は個体によって場所が違う。頭にある時もあれば、誰も狙わなさそうな足に隠されている時もある。その為、ただ単に外見を見ただけでは核がどこにあるかは判断できない。
そしてその核が破壊されるか、核によるエネルギー供給が途切れるまでゴーレムは動き続ける。
だから、非常に厄介なのだ。
「ゴーレムのタンクって、無理しすぎなんじゃないのカ……?」
「いいのよ、これぐらい朝飯前だからっ」
勝ち気な笑みをこぼしたルシアは、ゴーレムの注意を引きながら聖剣ことラインを構えるのだった。
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