第8話 神剣の悪影響
「喋るスライムか……、あの子はルシアちゃんの従魔なのか?」
――初対面の人にすらもちゃん付けをするのか。
勇者らしい風格を持ち合わせる一方で、一種の男らしい小物臭を漂わせ始めるゼクターに、ルシアは若干興をそがれていた。
しかし、持ち前の端麗な顔立ちで愛想笑いを浮かべて、何とかこの場を乗り切ろうとする。
「ええ。出会った時から、不思議と意気投合しちゃって、今は一緒に旅をしているのよ」
「そうか、まぁあそこまで知性が高ければ、暴走の問題もなさそうだな」
彼はロナに愛でられているラインに冷たい一瞥を送った。
それもそのはずだ。邪神が生み出したとされる魔物を排除し、人間に平和をもたらす。そのプロセスの頂点に君臨するのが勇者なのだから、魔物という存在は紛れもなく彼にとって目の敵である。
ただ……、意志を持たずに本能として襲いかかってくる魔物を一概に悪と決めつけることは出来ない。
人間を滅ぼす――その明確な意志がなければ、例えどんな魔物でも手懐けられるからだ。
現に今となっては、荷物を運搬するために飼いならされた魔物も存在する。こうして一部での地域では、魔物と人間の共存も始まってきているのだ。
「さて……、ロナちゃんは置いておくとして、本題に入ろうか。君たちは俺が課した二つの試練、知と力の試練を見事に突破し、この地に辿り着いた。よって、正式に君たちを勇者である俺と賢者の末裔ロナのパーティに招待したいと思う」
ゼクターは満面の笑みを浮かべると、腕を軽く広げて迎え入れる意志を見せてくれた。
そういえばそうだった。本来の目的を忘れかけていたルシアは、ようやく現実に引き戻された。
ルシアが勇者に会いたいと思った本当の理由。それは彼の持つ神剣から何かとてつもない違和感を覚えたから。
あれをひと目見た瞬間、ルシアはまるで左腕の中に虫が住み着いているかのようなざわつきと痺れを感じ、言葉に表せない不安を煽られた。
今、神剣を携えていないゼクターからは何も感じないことからも、それが神剣の仕業であることは明らかだった……。
「特にルシアちゃん、君の剣技と魔力には感動した。帝国最高峰とも言われるあのゴーレムの猛攻をたった一人で受けるなど、上位の冒険者にもそうそうできない。是非、うちのパーティに入ってくれ!」
ここまで来たのだから、そうなることは彼女にも分かっていた。
だが、幾ら乗りかかった船であっても……そのまま乗り込めない理由が彼女にはあった。
「……その前に一つお願いしたいことがあるわ」
「うん……? ルシアちゃんの頼みなら、俺に出来ることなら何でもいいぜ」
「勇者だけが扱える神剣クロスゾーン、あれを見せて欲しいの」
「神剣か? 勿論いいぞ、今持ってくるからちょっと待っててくれ」
そう言ってゼクターは大急ぎで神剣を取りに行った。
大切な武器なのだから身につけているのが当然なのでは?
内心そんな突っ込みを入れつつも、ルシアはロナとラインの戯れを眺めながら、ゼクターの帰りを待つ。
「神剣か……。噂にはよく聞くが、実物は見たことはないね」
「私もよ。でも仕方ないわ、封印が解かれたのはつい最近なんだから」
今から千年前に封印されてから神剣は帝宮の地下深くに封印され続けていた。
しかし、その封印は勇者ゼクターの登場により破られる。手の甲に刻まれたあの紋章が、封印を破る鍵となって。
ふと、ルシアは再びあの胸騒ぎを覚えた。見るとそこには、鞘に収めた神剣を両腕で大切に抱えたゼクターの姿があった。
神剣が彼女の身に近づくほど、ルシアの拍動は速まり、その違和感は強さを増していく。
そして、ついには呼吸がまともに出来なくなるほど胸が締め付けられ、左腕が疼きだすほどのざわつきを覚えていた。
「お待たせ。さっきまで、この闘技場に蓄えられた龍脈をこの神剣に注いでいたもんだから、取ってくるのに時間がかかっちまった」
「ふむ、龍脈をですか……?」
「数百年の間、来たるべき時の為に少しずつ溜めていたらしい。この闘技場が廃止されたのも、この地の龍脈を強める為だそうだ」
「なるほど……。ってルシア、顔色が悪そうだが、大丈夫かい?」
ルシアの明らかな変化に気づいたローグは、左腕をキツく抑える彼女の肩に手を添えそうとする。
しかし、彼女は咄嗟にその手を払いのけると、「大丈夫だから」と小さな声で呟いた。
そして、彼女は確信する。
このざわつきは、蜘蛛の腕が神剣の力を強く拒絶しているせいなのだと。
「ごめんなさい……、やっぱりアタシ、パーティに入れないわ」
「な……、何だって?」
「それに元々アタシがここに来たのは、貴方と話したかったからなの。勇者様に力を認められたのは嬉しかった、けれど……一緒に旅は出来ない」
――この腕の呪いが解けぬ限りは。
神剣が腕に及ぼす影響が分かった以上、ここに長居してはいけないだろう。
そう悟ったルシアは唖然とするゼクターに背を向けると、ラインを呼んで舞台を降りようとした。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 君は――英雄となってこの世界を救いたくないのか? 邪神復活の時はすぐそこまでして迫ってるんだぞ!」
「別に名誉なんていらない、アタシが欲しいのは……誰にも脅かされない安寧だけ。安心して、もし人手不足なら、その時だけは協力するわ」
一体何があったのかと目を丸くしているロナの横を通り過ぎると、ルシアは足早にその場から離れたのだった。
先程までロナに弄られていたにも関わらず、平静を取り戻していたラインは心配そうにルシアの横顔を眺めている。
「結局、入らないんダナ……?」
「うん……。ゼクターやロナは悪い人じゃない。けれど、それ以前に魔に侵されたアタシの身が持たない」
「そっか。けど、やっぱり何かと似てる気がするナ……あの神剣」
ルシアの肩の上からラインは目を凝らして神剣を眺める。
派手で過ぎない装飾が施されたその柄。それだけを頼りに必死に記憶を辿るラインだが、難しい顔で頭を傾けるばかりだった。
一方でルシアは神剣から離れたにも関わらず、呼吸を乱して苦しそうに胸を押さえていた。
「あ、あの……」
ふと、今まさにこの闘技場に辿り着いた一人の冒険者に呼び止められた。
心配そうにルシアの姿を見つめるその金髪の幼い少女、背中に身長に見合わぬ槍を背負ったその子はルシアに駆け寄ろうとする。
「勇者様なら中にいるわよ……」
ぎこちない笑顔でそう言ったルシアは、少女の助けを得る前にその場から立ち去る。
あの子に英雄になるチャンスを与えた。そう思えるだけでも、不思議と心が軽やかになる気がしたのだった……。
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