第3話

 体育館を出た後、俺の前を行く男のつむじを押しグリグリとそれを押し込めた。

 

「なんだよ足食らったんだからもう勘弁してくれって。」

 

 と言いながら少し嬉しそうな顔をしていた。さてはMだなこいつ。

 

 いや、そんなことは置いといて、

 

「そのこともあるが、ちょっと聞きたい。」

 

「ん、なんだ?」

 

「あの演奏はどうなんだ?うまいのか?」

 

 マツは驚いたような顔をした後

 

「まあ、お世辞にもうまいとは言えんな。誰も楽器をならせていない。」

 

 やっぱそうだったのか。

 

 まあ、あんな不快な高音が楽譜に書いてあるなんてことはないだろうしない。

 

 にしても楽器を鳴らすとは?

 

 新たに生じた疑問を解消する前に教室に着いてしまった。

  

 俺達はそれぞれの席に座る。

 

 と言っても連番だから前に座っているのだが。

 

 担任の先生が自己紹介を始めたので俺達は話をやめ、そちらを聞くことに意識を向けた。

 

 ショートボブに丸いメガネというとんでも個性とは裏腹に、無気力とは言わないものの元気の良さは感じられない若めの女だった。

 

「私が今日から君たちの担任をつとめる長谷部です。

 

 担当教科は英語で、好きなおでんの具は大根です。

 

 好きなコンビニはローソンで、理由はスイーツが充実しているからです。


 吹奏楽部部の顧問もしています。

 

 よろしくお願いします。」

 

 どうでもいい自己紹介に紛れて重大情報が、この人が顧問なのか。若くて頼りなさげな感じだが、大丈夫なのか。

 

 まあ、お気楽部活だから指導力などは求められないか。

 

 と一人で納得していると、

 

「担任の先生可愛くね?それに吹部だってよ、ラッキーだったな俺達!」

 

 とマツが俺の方を向いて話しかけてくる。

 

 可愛いか、俺のタイプではないれど、確かに見る人が見たらそういうかもしれない。

 

 整った顔立ちはしている。

 

 そんなこんなで生徒側からの自己紹介が始まった。

 

 安曇、井上、泉…どんどん俺の番が近づいてくる。

 

「松本祐樹です!

 

 みんな気軽にマツって呼んでください!

 

 好きなことは楽器演奏…トランペットやってます。

 

 吹奏楽部に入る予定なので同じ人いたら教えてください。」

 

 俺の前の席のマツが自己紹介を終える。

 

 俺はマツが座るのを確認すると、ゆっくりと立ち上がる。

 

 やばい、緊張する。

 

 どもらず言えるだろうか。

 

「三井隼人です。

 

 みんなからはミツって呼ばれてました。

 

 好きなことは走ることなんですけど陸上部じゃなく…」

 

「あああっ!」

 

 ここで、女子生徒の一人が声を上げる。

 

 夏でもないのに人より日焼けした肌に、一つくくりの髪、それに左腕に時計によってできた日焼けの後もあったことからなんとなく陸上部の子かなと思った。

 

 俺が、キョトンとしていると、自分の置かれている状況に気づいたのか、恥ずかしそうに、また申し訳なそうに着席する。

 

「よ、よろしくー」

 

 拍手がどこかぎこちない。

 

 やってくれたなと思ってその女のほうを見たのだが、割と可愛らしい顔をしており、まあ、許してやらんでもないかといま話している人の方へ向き直った。

 

 にしてもなんであんな藪から棒に声をあげたのか。

 

 モヤモヤしたものを抱えたままぼんやりと自己紹介を聞いていた。

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