第2話
春の陽気が、この頃の俺の睡眠不足に付け入って睡眠へと誘う。
なにくそと俺も、親指の爪を自分の手の甲に突き立てることで抵抗するがそんな抵抗も虚しく、マイクロスリープが俺を襲う。
春は眠いし眠いは春だし眠りを肯定しない春なんて春じゃない。いっそ寝てしまおうか。
「あのPTA会長くっそ話長いよな。無駄にいい声でそれがいっそう眠気を誘うというか。」
俺の思いを代弁したのは、俺の右隣に座る涼しげな瞳を持つ端正な顔立ちの…えっと…名前は
「あ、俺は松本祐樹。マツとでも呼んでくれ。」
あくまで話を聞いているの態で、こっちを見ずにウィスパーボイスで俺に話しかけてくる。
高校に来て話しかけられたのは初めてなので、これは友達作りのチャンスだとはやる気持ちを抑えてあくまで冷静を装い応える。
「俺は三井隼人だ。じゃあ俺はミツで頼む。」
「おうっ。ミツっ。にしてもみんなこん長い挨拶よくきいてられるな。吹奏楽部の演奏がなければばっくれてやろうと思ったんだがな。」
吹奏楽…こいつとの会話の中でその単語が登場するとは思っていなかったのでどきっとした。
先程言っていた、俺が彼女を作るための秘策として考えていたのは吹奏楽部に入ることなのだ。
中学時代は陸上部として活動していた俺だが、とある理由で高校からは別の部活に入ろうと
決めていたのである。
どうせ共学に入ったのだから女の子とお近づきになって華のある高校生活を送りたいなどと考えていた俺にとって、この高校の吹奏楽部は理にかなっていた。
というのも、この高校の吹奏楽部は、あまり熱心には活動しておらず初心者歓迎のお気楽部活だと聞いていたので、それならばこの音楽知識ゼロの俺でもなんとかやっていけるのではないかと思い、目をつけていた。
あと、楽器できる男子ってモテるらしいからね。
そんなこともあって俺はマツの方をついじっと見つめてしまった。
「あ、俺中学の時、吹部だったんだよ。トランペットやってた。もしかしてミツも吹部?」
そう尋ねるマツはどこか嬉しそうだった。
「いや、俺は中学の時は陸上をやってたんだ。けど高校からは吹部に入ろうと思ってる。」
「そっかそっか。じゃああとでけ…」
ここでさっきまで見ていたタニの顔が消え、代わりに銀色に光る学ラン正面についたボタンが俺の目の前に現れた。
やられた。
教頭の合図に合わせて繰り出される不揃いなお辞儀を俺は一人座って眺めた。
面白いものは見られたが、こいつをどうにかしてやりたい気持ちは止まらない。
俺は右隣の男の上履きを軽く数回蹴った。
「すまん。自分だけ立ち上がるので精一杯だったんだ。」
心なしか視線を集めている気がする。
顔が熱い。
ここでようやくマツの顔が俺のと同じ高さに戻ってくる。
「けど話が終わったってことは次は…」
ここで教頭先生がアナウンスをはじめた。
「次は本校の吹奏楽部が、新入生へのお祝いの意味を込めた演奏をします。吹奏楽部の皆さんよろしくおねがいします。」
教頭先生の目配せで、後ろに吹奏楽部がスタンバイしていたことに気づく。
入ってきた時は緊張でそれどころじゃなかったもんな。
マツの言っていたのはこれのことか。
体育館の静寂の破るトランペットのファンファーレから始まる荘厳な行進曲だった。
音楽知識の乏しい俺にはまだ、この曲についての解説をつけるのは難しいが、とにかく前途を祝福されている感じは伝わった。
マツはその間指でリズムを取りながら目を閉じて聞いていたが、途中で
「まあ、こんなもんか。」
と呟いたのを俺は聞き逃さなかった。
演奏の巧拙のわからない俺は、こんなもんがどんなもんなのかはっきりしたことは言えない。
が、途中で聞こえてくる黒板を引っかいたような甲高い音を聞く限りではこの演奏はあまりよくはないのだろうと思った。
そうこうしているうちに演奏が終わった。
そして教頭先生が再びマイクを取り入学式の終了を告げた。
それから退場の指示に従って、俺達は元いた教室に帰っていった。
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