貴方の好きなところ

湖月もか

貴方の好きなところ

 放課後の校舎裏。

 待ち人である、彼海堂 陸かいどう りくは十分ほど私より遅れてその場に現れた。

 ジャリと小さな小石をスニーカーで踏みつける音が少しずつ大きくなり、近づいてくる。私は緊張のあまり、彼に気づいていない振りをして空を見上げた。

 そこには燃え盛るような太陽に染められた空が一面に広がるだけで、何かがある訳では無いのだが少しでも視線を逸らしたかった。


「なあ、わざわざ呼び出してなんの用?」

「陸、急に呼び出してごめんね」

「別にいいけど。帰り道じゃできない話なのか?」

「うん。大切な話だから。わ……わたし、ね。ずっと、昔から……それこそ幼稚園の時に出会ってから陸のことが好きなの。……私と、付き合ってください!」


 そして思わず右手を伸ばし、頭を下げる。やっぱり緊張しすぎて真っ直ぐ彼の目を見つめる事が出来なかった。

 なけなしの勇気を振り絞った精一杯の告白。鏡を見ずとも夕陽とは異なる赤に頬が染まっているのが解る。なるべくその事実を意識しないように務め、ずっと。それこそ十年以上も押し殺してきた長年の想いを彼に伝えた。

 暑さでかいた汗とは違うものが頬を伝う。口を引き結び、掌にも緊張からかじわりと汗をかきはじめた。


 彼は幼馴染の私に言われて驚いているのか、特にこれと言った言葉を発すること無く沈黙した。体感的には数時間の長い時間に思えたが、きっと実際は数秒くらいだろう。

 その長くも感じられる沈黙を破り彼がやっと発した言葉は


「え、ごめん。俺より背の高い女は無理。それに、お前との付き合い長すぎて女に思えないんだよな。……俺は戦友みたいなお前よりも護ってあげたくなるような姫宮ひめみやさんが好きなんだ。たとえ、彼女と付き合えなかったとしても、お前とは絶対に無理。ありえない」


 だった。


 帰り道だといつも通りになってしまうと思って、放課後の校舎裏というまさに告白といった場所に呼び出した。

 そして、告白した幼馴染の陸に真顔で、且つ不思議そうな顔であの台詞を吐かれた。

 卒業間近とはいえさすがにふられた相手と一緒に帰るのが気まずくて『分かった』と、引き攣っているだろう笑みを精一杯浮かべてその場から走り去った。

 後ろから聞こえた私の名を呼ぶ声すら聞こえないふりをして、溢れそうになる涙を懸命に堪えながら全力で走った。

 それがつい昨日の話。



 --だというのに、これはなんだ。


「なあ、桜乃さくの。この最新映画今度見に行こうぜ! 姉ちゃんが前売り券二枚くれたんだよ。お前好きだっただろ?」


 翌朝ももちろん一緒に行きたくない私は、陸が家に迎えに来るよりも早く登校した。

 しかし彼はあろう事か登校後直ぐに今話題のアクション映画の前売りを片手に握り、声をかけてきた。昨日の記憶ないのかこいつ?と思った私はおそらく正常だろう。

 告白したことを知っている友人が遠くから、にまにまと此方を見ていた。

 ……うん。勘違いしてるだろうけど、私ふられてるんだよ。


「なあ、桜乃。今日お前ん家に行っていいか?」


 また数時間後には大変誤解を招きやすい台詞を大きな声で……もはや叫びながら話しかけてきた。詳しく話を聞くと、どうやら『今日親が居ないから晩御飯を食わせろ』ということらしい。誰が解るか。

 しかも人通りの多い廊下だ。必然的に注目を浴びることになる。

 確かに家族ぐるみで仲がいい故に、昔から互いの家で晩御飯を食べていた。が、今言うべきはそれではないだろう。


 心の中でツッコミが追いつかなくて、なんで陸を好きだったのか。何処が好きだったのかも既に忘れてしまった。


「なあ、桜乃。このキャラクターお前好きだろ。やるよ」


 またその後には買ったペットボトルのお茶に付いてたおまけ。私が昔から大好きな猫のキャラクターの可愛いストラップをくれた。

 まだ告白してから一日も経過していない。今までと一切変わらない態度で、こちらの心情を汲もうとしない彼に若干イラつき始め、相手にするのも面倒になってきた。『もう持ってる』という一言すら、音になって彼の耳に届くことは無かった。


 確かにそのキャラクターは大好きだけど、好意があると思わせるような態度を、ふった相手にしてはだめだろうよ。

 私は陸の態度に恋心すら打ち砕かれているが、大体の人は未練が残るぞ。

 

「桜乃。あんた海堂に告白したんでしょ、昨日。付き合い始めたの? おめでとう」

優里ゆり。私、陸にふられてるんだよね……。女とは思えないんだってさ」

「…………は? あいつバカじゃないの? そんな言葉でふった相手に今までと変わらない態度なの? 意味わかんないんだけど」

「だよね。私も意味わからない」


 お昼に友人とそんな会話をした。やはり事情を知ってる人からすると、デリカシーがないようだ。陸の株が優里の中で一気に下がったのがわかる。彼を見る目がまるで虫を見るようだった。


 確かに趣味は似てるし、朝誘われた映画もすごく見たかったものだ。

 だとしても好きだと告白し、好きな子がいると断った異性にこの行動はすこし神経を疑う。というかデリカシーの欠けらも無い。

 ほんと、私は彼の何処が好きだったのだろうか。



「あーーーー!! もう、なんなのあいつ! ふったくせにこっちの気も知らずに普通に話しかけてくんな! お前好きなやついるんだろ!」


 流石に放課後に近づくと少しは変わるかと思ったけれど、そんなことは無い。人はすぐには変われない生き物なのだと実感する羽目になるだけだった。ましてや朝からあの態度なら変化などあるわけもないのだが。


 心の整理をつける暇すら与えてくれない陸に等々我慢の限界を迎えた。

 ちなみに放課後になってすぐにも誘われた。なんでも最近近くに私の好きなキャラクターとのコラボカフェが出来たのだとか。


 --もちろん即答でお断り。

『友達と行く予定立ててるし、予定無かったとしても陸とは絶対に行かない。もうほっといてほしい』と、それはもうここ一週間の鬱憤を晴らすかのように冷たく当たってしまったのは仕方がない。


 そして、陸を無理矢理ふりきって辿り着いた屋上で、落下防止のフェンスをわし掴みあの日と似た夕焼け空に向かって盛大に想いを叫ぶ。


 あの時と違い、状況は甘酸っぱくない。むしろ苦味しかない。


「彼氏のいる優里には流石に断るための理由に付き合わせられないし……ほんと、どうしたらいいの。感傷にも浸らせてくれないとかどれだけ傷口抉るのよ、ばか」


 しかも、普通に接して来るということは相手にとってそれほど衝撃がなかったということだろう。確かにあの時の彼は真顔だった。

 確かに私は姫宮さんみたいに小柄でもないし護ってあげたいと思わせるような雰囲気もない。それに男子である陸より背が高い--彼の名誉の為に言うが、決して低くはない--し、剣道を習ってる為おそらくその辺の男子よりは確実に強い。


 そう。勇者パーティで例えるならば、陸の好きな姫宮さんが【か弱く可愛らしい聖女】で、私は【頼りになる屈強な女戦士】と言ったところだろう。

 ……自分で言ってて悲しくなってきた。


 だんだんと沈み始めて、空の赤も狭くなっていく。虚しさで少しだけ涙が出た。


「あー……ほんと、言わなきゃよかった」


 『行動しないで後悔するよりも、行動してから後悔したほうがいい』とか何かで見た事があるけれど、こんな後悔は想定外だった。

 告白するかしないかで悩んでいた当初は、きっとふられた心の痛みで悩み。幼馴染のままでいたかったと後悔すると思っていた。

 それがまさかいつも通り全く変わらずに接してくる相手に困惑し、イラつき、後悔するとは世の中読めないものだ。


 そして、本人に直接言えないだろうけれども、とりあえず今一番奴に言いたいことはたった一つ。


「頼むから、せめて失恋の感傷に浸らせろ」

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貴方の好きなところ 湖月もか @mokakoduki

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