2 昼食での談笑
月日と言うものは残酷、一言で言えばただの言い訳にしか聞こえない文を冒頭に交え、世間ではすでに秋を迎えた。肌を刺すように寒さが侵略してくる。皆はそれに対抗するかのように長袖を、冷たい箪笥の中から引っ張り出してきた。男子諸君が若干に気が落ちている風にも見えなくもないがそれはきっと気のせいだろう。考えすぎはよくない。
「お前、話、聞いてんのか?」
うるさい。そう明記しても伝えきれぬほどのおしゃべりの量。隣の齋藤は自分の出したアイデアが実行されてないことを悔しく思っているのか、頭ごなしに俺に罵詈雑言を浴びせる。
「わかったから…俺が陰キャだからだよ。」
「そう納得するから前へ進まないんだよ。そういう納得の仕方をするなよ。」
ごもっともな意見である。胸に深く刺さる。こんな熱くある齋藤は初めて見た。因みにここは昼休みの体育館の裏である。どれだけ齋藤が大きな声を出しても誰にも届かない。そういう話をするのにはうってつけの場所だった。しかし。
「なんで隣に」
俺の指の方向には齋藤の彼女である越前が彼の横にちょこんと腰掛けていた。足の上にはナフキンが広げられ、落ちないよう弁当が置いてあった。
「なんか悪い?私、齋藤に誘われただけなんだけど。」
いや、まじで対応し辛いんだけど。こちらの思いは届くはずもなく間にいる齋藤によって阻まれてしまう。齋藤の弁当は未だ半分も減っていない。さっきからずっとだ。自分のアイデアが実行されてないだのうんぬん。仕方ないじゃないか。彼女に話しかけても怪訝な目をされて。その上本のことを聞けば顔を真っ赤にして走って行ってしまうし。そして翌日から見かけるたびになんか避けられるし。という典型的な嫌われパターンを辿ってる状況である。
「で、それから。その娘は?」
「避けられるようになった…」
自然と額が地面とにらめっこする。どちらが先に笑い出すかなんて決まってるじゃないか。
神妙な顔つきで、かつ呆れたような表情を浮かべる越前。それを見つめる齋藤。
「どうした?越前」
「いいえ。何も。どうぞ、続けてくださいな」
不自然に箸が速くなる越前。一体どうしたのだろうか。あわてて齋藤が探りを入れる。
「おい。どうしたんだ。なんかあるなら言うって約束だろ。」
身体の方向が越前に注がれる。
「いいえ!何もありませんよ!さぁ!私はほっといてさっさと続けたら?」
いやさすがにこれは行き過ぎだろ越前。何に切れているかは定かではないが彼氏にそんな物の言い方はないだろう。せっかく聞いてくれているのに。
自分は乾いた気持ちで2人のやり取りを聞いていた。弁当とは言うと掛け合いに夢中になり過ぎて手がつかない。おもしろい。夫婦漫才だ。
「その娘、今までにそんな対応されたことないんじゃないの?かわいいんでしょ?だったら男なんて知れたもんだわ」
最後のご飯を頬張る。越前の口にはそれは多すぎたのか幾つかの米粒が彼女の口の端から零れた。それを丁寧に掴み上げ口へ持っていく齋藤。まじで夫婦みたいだ。つい可笑しくて笑いそうだ。
一瞬怯んだ越前が「つまりは、かわいいね、から始まる文じゃなかったから困ったんでしょ?」「しかし、それは安直過ぎやしないか。かわいい、以外で声掛けられるだろう。普通。だとしたら、その本に触れられたことが初めてだったとか。ほら、今まで本の話をしたことがなかったとか」
どちらとも妙にリアリティがある。
しかし、越前の意見はおおよその部分は掴めている気がするものの、やはり齋藤が指摘したところに合点がいかない。また齋藤に関しては本が好きならきっと本好きの誰かと話したりしているだろう。クラスに0人なんてありえない。
「でも、その娘一回見たことがあるけど。何処か寂しそうだった」
「意見があったな」
膝で肘を突き齋藤は越前の顔を見る。
「うん。やっぱ、そうだよね。何処か、て言っても何処も変じゃないよ。全然普通だよ?でも、なんか、こう、なんていうんだろう」
固まってしまった。気持ちに該当する言葉を必死に探しているらしい。
夫婦は似る、と言うがまさにこのことを言うだなと俺は思った。何かを説明するとき理論ではなく感覚で説明しようとするあたり気持ち悪い程に似ている。これはもう入籍しているか否かの違いでしかない。
それか、その人から何か反射的に感じ取ることが出来るのか。齋藤にもそんな節がある。
「妙に、というか必死に学校で自分を演じた後の反動。つまりは極端に本当の自分を押し殺しているかのような」
遠い空を見つめながら齋藤が呟く。
「そうかも。それだ」
越前も静かに同意する。
一体彼らの間でどんな情報共有がなされたのだろう。俺は困惑して順々に2人の顔を見る。
「薫。あの娘へのアタックやめんなよ」
「そうよ」
お前らはマジで夫婦か。
「わかったよ。それで、次どうしたらいい?」
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