ニアリーイコール
辛口聖希
1 授業中
気付けば高校の二年を迎えた夏であった。
隣の齋藤が机に伏せながら黒板を睨んでいた。その先には今日も金のため、自分の子供のためにせっせと教育委員会に決められたつまらない中身のない授業を繰り広げている。きっとこの教室の中で真剣に聞いているやつなど受験のためか、頭を変な大人に持っていかれた連中だけだろう。
内向的な自分なくせに思っていることだけはいちいち変な形で蔑んでいる。だから、この内向的な性格が災いし仲良くなりたい人にも、何か分からないとき人に聞こうにも行動ができないのである。そして、思っているあの子にも…
「おい、薫。今、何考えてた?」
授業を真面目に聞く気がない隣の男は口の端っこを吊り上げる。嫌な笑みだ。第一、授業中なのだからせめてものもうちょっと声を潜めて欲しいくらいだが。
しかし、こいつにだんまりを決め込んでも無駄である。追求が面倒だ。
「この授業を聞いてるやつはいるのかな、ってね」
黒板で金を稼いでいる教師には聞こえぬよう、声を潜ませながら顔を齋藤の方へと向ける。
「そうか、いや。違うだろ。お前、絶っ対ぇ違うこと考えてただろ」
教師の視線が刺さったのか多少声は潜めたもの、そのボリュームは未だ健在である。しかし、鋭いやつである。人の脳内が見えているのか、と隣にいれば何度も思うことがあった。特別、俺だけに。決してホモではないことを齋藤君の名誉に懸けてここに記しておこう。
「本当だよ。他に何考えるんだ?」
「お前が、物事をごまかすときいつもそう言うぞ。」
何も考えられない。強制的に動かそうとしてもきっとそれは動揺の上に立脚しているため、普段通りには行かないだろう。
「あぁ…他のこと考えてた…」
ノックアウト。ゲームオーバー。はっきりと脳内に光輝くそれは完敗を意味しているのだろう。授業中には嫌な状況だ。今すぐ家に帰りたい。
「おいおい、色んなものが顔に出てるぞ、陰キャ君。」
それはむかつく。
「その言い方は反則じゃないか?事実だが…」
「そんなこと思っているから、あの子に声掛けれねぇんだろ?帰り道一緒なんだからさ、ネガティブに考えずにちょっとずつ前に進もうぜ。」
「ありがとう。陽キャの彼女持ちさん。光栄だね。貴方にそんなお言葉を頂けるなんて。」
本当に何回目だろうか。このやり取りは。いつやっても陰鬱になるやりとりである。
いっそうのこと彼女に声を掛けてみようか。帰り道は一緒だし。どういう声掛けがいいのだろうか。やぁ、一緒に帰らない?こんな爽やかにいかない。変態だ。一緒の帰り道だから途中まで一緒に帰らない?だとしても、なんかずっと見ていたような感じがする。
…思い浮かぶアイデアたちは次々に消えていく。いい案と思っても直に否定が入ってしまう。
頭の中が熱くなるのが考えているうちに感じ取れる。横にはいつもの俺を見つめる齋藤の顔がある。
「なぁ、声掛けるのどうやったらいい?」
溜息が一つ。彼の胸の内から漏れる。何処か期待したような顔つき。
「どうすればいいって…そんなこと、普通に話しかければ良いんだよ。」
「その普通が出来ないからこっちは聞いているんだ。何かいい案はないか?」
「そうだな…」
「ほら、お前さ、隣のクラスに彼女いるじゃん。そいつにどうやって話しかけたんだよ」
「どうやってって言われてもな…こう、普通に…」
駄目だ。こいつは根っからの陽キャ。しかも、お人好しというおまけつきである。人間関係を全て感覚でこなしてしまう奴だ。そんなやつに理論で説明しろと言っても無理な話であった。
「そうか…普通か…」
叶わない理想を目の前に俺は机に今までの負積を押し付ける。しかし、どれだけ力を込めようが冷淡で感情のないコーティングされたそいつは俺の負積をなんなく撥ね退ける。やはり、最初から考えるべきではなかったんだよ…
「そういや、あの娘、本読みながら歩いてるよな。ほら途中で車飛ばしてくるところあるじゃん?、だから危ねぇて思ってるけど。今回はそれを逆手に取ろう。彼女に『なんの本読んでの?』て話しかけたらどうだ?」
齋藤は半ば上の空に呟いた。片肘をついた齋藤は黒板の何処か分からないところを見つめている。
本か。悪くない。一度それで健闘してみよう。
「わかった。一度、そうしてみる。」
鼻で笑う齋藤。
「どうした?」
「いや、彼女の顔、少し思い出してさ。何処か、寂しげで美しい表情してたなぁー、てね。俺の彼女と同じぐらいかわいかったな。」
かわいい。齋藤の口からのその言葉は敵対心を少しだけ煽った。
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