第34話 話し合いと殴り合い

 夜中にこっそり樹を運ぶ手はずだったが、シャトーとゴブリンに見つかってしまった。

 シャトーが夜中に起きてくるわけがないから、どうせこのメスゴブリンが連れてきたのだろう。だからこんな淫乱モンスターと行動を共にするのは嫌だったんだ。理由は分からないが、こいつは最初からずっと俺のことを敵視し、警戒している。


 そうこうしているうちにチンジャオも来た。

「トカさん、俺からも聞きたい。君はなのか?」

 非常に面倒なことになってきた。彼は硬軟織り交ぜて言いくるめようと思っていたが、それはあくまで先に樹を植えてしまってからの話だ。今日の今日で説得は無理だろう。

 樹を森に植えるために、ドワーフたちに来てもらっているから、一旦引く、というわけにもいかない。彼ら抜きで樹の移植はできない。さあ、どうするか……。シャトーがいなければ、問答無用で黙らせればいい話なのだが、彼女がいては世間体的にも戦闘力的にも簡単ではない。


「チンジャオ、俺は断じて敵じゃあない。これまで君たちに誠心誠意協力してきただろう? 今だってそうだ。単刀直入に言って、樹はここに置くべきだ。動力の樹は魔法石の採掘にこそ真価を発揮する。君らの町まで運んでも意味がない。君らの町では農業くらいにしか使い道がなく、1本で十分足りているはずだ」

「それを俺たちに内緒でやる理由は?」

「分かってもらうのに時間がかかると思ってな。樹を植え替えるんだ。もたもたしてる時間はない。黙ってやったのはすまないと思っているが――」

「トカさん、それじゃあ〝敵〟だよ。俺たちの町に運ぶ〝約束〟だったはずだ。この村でやることは、シャトーたちと落ち合い、休息をとり、町に運ぶためのミーティングをすること、それだけだったはずだ。この村に樹を植えるなんて一言も言ってない」


 やっぱり説得は無理だな。夜中に樹を運び出そうとしているという状況のインパクトが強すぎる。話し合いはここまでだ。

「チンジャオ、すまないが樹を君の町に運ぶつもりはない。このまま森に持って行って植える。俺は争いたくないんだ、引いてくれ」

 あとはシャトーがどう出るかがすべてだ。


「シャトー、リンちゃん、すまないが俺は引かない。たとえ誰が傷つこうともだ! 全員一丸となって戦う……!」

「そうか、仕方ないな…… というわけだドワーフの諸君、取り決めの通り特別手当を払う。戦闘に協力してくれ」


 ドラゴン隊長の子供の誘拐、ドワーフの懐柔、樹の運搬にダミーの運搬、チーブ村との交渉人の送迎、根回し、そのほか色々なものに金を使いまくってスッカラカンだ。今更手当の上乗せなど痛くもない。戦いになったら手伝ってもらうように打合せしてある。


「シャトー、樹を取り戻すんだ! 俺に支援できることがあったら、魔術でも法術でもなんでもかける、言ってくれ!」

 シャトーとゴブリンを最前線に立たせチンジャオは下がる。俺がシャトーに攻撃できないとわかっての作戦か、厄介だな。

 シャトーはというと、面倒くさそうにしているような、ただ眠そうなだけのような、しかしそれでも臨戦態勢は取っている。


「トカちゃん、私はそんな樹をどこに植えようがどうでもいいんだけど、チンジャオと〝約束〟したの?」

「約束はしたが、予定変更だ。でも君には分かってほしい。君の町にとっても、君にとってもこれが最善の選択だ」

「そうなんだ……。ダメだよ約束したのなら守らないと」

 シャトーが構える。


 ふむ、この感じはやばい。腹を殴られた時の記憶がよみがえる。昔戦った狭い洞窟内とは違い開けた場所のため、俺の距離は取りやすい。だが、一旦詰められてしまっては関係がない。

 剣がある今なら負けはしないだろうが、逆に傷つけずに退けることなど絶対に不可能だ。それに何より愛する者に刃など向けたくない。


「『こーと防御塗装』『べーる防御幕』」

 ゴブリンが、シャトーに魔法をかける。確か物理攻撃と魔法の防御魔法だ。こいついつの間にこんな魔法を。

「シャトー、イッショに、コロソウ」

 この野郎調子に乗りやがって。俺は剣を抜く。人間には扱えない特注の長い剣だ。


「ワタシはワカル。トカゲのモクテキは、シャトーと――」

 シャトーがゴブリンの襟首をつかんで後方に放り投げた。俺が剣を抜いたから安全のため後ろに下げたのだろうが、あの淫乱モンスターが何か余計なことを言いかけていたのでちょうどよかった。


 俺を見据えるシャトーの顔はやはり美しい。こんなのに剣を振るうなんてできない。

 シャトーが一気に突っ込んでくる。俺は剣を振り下ろす。いやいやいや、距離を詰められたらおしまいなので仕方がない。

 彼女は一旦後ろへ飛びのくと地面に手をつく。おそらくここで砂利をつかんだだろう。

 ほら、投げてきた。そして、間髪入れず突っ込んでくる。相変わらず何のためらいもない。俺は仕方なく、剣を振り回す。当たってほしくないが、当てるつもりで振らないと、内臓破裂パンチをもらってしまう。


「ドワーフの諸君、樹を森へ運んでくれ! ……『爆発するやつ』!」

 地面に爆発魔法を使い、砂埃を巻き上げる。煙幕としては費用対効果が悪いが、今は仕方がない。

「シャトー、トカさんの足止めを頼んだぞ! リンちゃん! 俺たちで追おう!」

 いい展開だ。現役でいくさをしていたドワーフたちを彼らでどうこうできるとは思えない。


「リンちゃん早く! 何してるんだ急ぐぞ! ここはシャトーに任せるしかない!」


 どうやら2人とも行ってくれた。よく見えなかったがゴブリンは迷っていたのだろう。あいつは俺の計画について見当がついているらしい。あんなやつの考えていることは全く分からないが、俺を憎み、シャトーから俺を遠ざけようとしているのは明白。邪魔以外の何物でもない。こんなことなら、シャトーの町の性欲旺盛な男に買われていればよかったのだ。

 チンジャオと樹を運ぶドワーフを追っていったのは、チンジャオの言うことを聞いているのか、単純に樹が欲しいのかは分からない。


「……ふう」

 やっとシャトーと二人きりになれた。

「なにその感じ、狙い通りってわけ?」

「いや、全然狙い通りじゃない。元々見つかる予定じゃなかったんだ。それでも、やりたいことはできそうだよ。俺を倒すかい?」

「いやいいよ、足止めしろとしか言われてないから。でも逃げたら遠慮なく殴るからね。それより『やりたいことはできそう』ってどういうこと? チンジャオたちじゃドワーフを止められないと?」

「いや、仮に止められたとして、そして万が一樹を奪い返されたとしても、君らの町まで樹を運ぶすべがないよ。この村の荷車はすべて壊しておいた」

「ひどっ! 何それ……。まあでも、別に村人に手伝ってもらえば担いで町までいけるけどね、かなり頑張ればね」

「それも無理だ。運べそうな若い男には、手伝わないように使いの者から言ってある。もちろんタダでじゃないぞ」

「あなたねえ……。なんでそこまでして、ここに樹を植えたいの」


 どうするかな。どこまで話せばいいものか……。

 ドラゴン副隊長の女に、恋に関するレクチャーを受けたとき言われたことが思い出される。


『隊長さんいい? 真剣なことを伝えるのは大事、だけど重いと思われちゃいけない。分かる? 今のあなたはすべてが重い。なんでいきなり結婚を申し込むわけ? 馬鹿じゃないの? 私の旦那ですらもうちょっと段階的に言ってきたよ。〝好き〟と〝結婚〟ですらめちゃくちゃ遠いのにその後の〝生活〟の話なんてもっとずっと先。あなたって隊長してた時は賢くなかったっけ? すごい馬鹿になってるんだけど』

 これだ。この教えに従い、なるべくシャトーに関係がないように話そう。


「ゴホン……、えー、『なぜここに樹を植えたいか?』そうだな、誤解を招くといけないから順を追って話すぞ。これは一般的な話なんだが、仮に、仮にだぞ、種族の異なる者同士が結婚するとなった場合、今の世の中に足りていないのは社会基盤だ。早い話が、モンスターと人間が一緒に暮らしていけるコミュニティがない。自然の中で暮らせるのならそれでいいが、一度豊かな町の暮らしを経験してしまったらなかなか元の不自由な生活には戻れない。町に生きた者はこれからも町で生きる。豊かさというのはモノに限った話じゃない。他者との交流も生活を豊かなものにする。例えば、人里離れた洞窟で孤独な暮らしをするのは気楽だが、とても寂しいものだ」

「はぁ……つまり? 何を言いたいわけ?」

「つまりだな、この近くに動力の樹を植えて、俺たちモンスターと人間が共存できる場所にする。この村をな」

「は!? 村を乗っ取るってこと?」


 あれ、いやに驚いているな。何か言い方をマズったか?

「乗っ取るというのは適切ではない。村の経済に協力する代わりに、住まわせてもらうだけだ」

「それ、乗っ取りじゃん」

「違う、共生だ。俺は彼ら村人の暮らしを尊重する」

「それで、モンスターと人間の村を作ってどうするって? なんか〝結婚〟とかいうおかしな言葉が聞こえた気がしたんだけど?」

 あれ、変だな。シャトーがまた戦う構えになっている。マズいぞ。ちゃんと説明せねば。


「安心してくれよ。結婚というのはまだまだ先の話だ。俺は手順を守る」

 シャトーが俺をにらみ、足場を確認している。四足歩行獣が突進する前に土をけるのと同じ動作に見える。


「つまりさ、あなたがどこぞの人間と結婚するために、わざわざ戦争の原因になってる樹を盗んできて、チンジャオをだましてここに植える、そういうわけ?」

「どこぞ、じゃあない。君のためだ。すべては君とよりよい生活を送るためだよ。これから作っていこう、二人の――」


 腹に激しい衝撃。ついさっきまで遠くにあった美しい顔が目の前にある。シャトーのパンチは何度食らっても地獄だ。

 俺はたまらず転がりながら後ろへ下がり、剣を構える。

「シャ、シャトー、誤解がある。しっかり話そう」

「誤解はない。私のせいでこんなことになったなんて、バレたら絶対町から追放されるんだけど私!」

 それは好都合だ、っと言いたいところだが、今は絶対に言っちゃいけない場面だ。


「はあ……はぁ……!」

 慌てた様子でメスゴブリンが来た。

 シャトーのそばにつき、なにやら魔法を詠唱している。ドワーフを倒したのか逃げてきたのか、とにかく必死の形相だ。


「オマエニ、シャトーは、ワタサナイ……! シャトーと、コウビスルノは、ワタシ!!」

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