第33話 待ち合わせと打ち合わせ

 ガーゴイルの谷に架かる橋を越えた場所に座り、ゴブちゃんとお茶を飲んでいる。トカゲたちが全然来ず暇なので、わざわざお湯を沸かし葉から煎れた。


「ゴブちゃんさあ、トカちゃんの言ってたこと本当だと思う? 私たち魔法に弱いからって先に行かせてさあ。何か別の理由があると思うんだよね」

「ワタシタチ、ハヤい。チンジャオタチ、オソい」

「まあ足の速さはそうだね」

「シャトーは死ヌノダメ、ト、トカゲは、カンガエテイル」

「……それなんだよね。なんか私たちだけ逃がされた気がするんだよね。でもさ、トカちゃんって冷静っていうかドライだから、あんまり自分が犠牲になるみたいなことしないと思うんだよなー。私たちにいてほしくない理由があるんだよ他に」

「トカゲは、キケン。トカゲは、キタナイ。ダイジョウブ、ワタシガマモル」

 え、ゴブちゃんこんなにトカゲ嫌いなの。こういうパーティメンバー同士の好き嫌いって、少しあこがれるところがあったのだが、それは惚れた腫れたの愛憎模様から来るものであり、ドラゴンとゴブリンではなんか種族間に問題があるんじゃないかと思えてしまう。


 荷車が橋を渡ってこっちへ来る。だが引いているのはドワーフなどではなく、普通の人間たちだ。うちの町へ行く貿易の荷車だろう。チンジャオがトカゲに助言を得まくった結果、ガノとうちの町との貿易はうまくいっているらしい。ただ成功の要因としては、交渉うんぬんより交通の便が良くなったのが大きいという。まず、ガーゴイルの谷に橋ができたこと。そして、チーブの村がちょっとだけ栄えたとことにより、中継地点として食料や宿を提供できるようになった。これにより距離は遠くとも、安全に荷物を運べるようになったということだ。


「あの……? ひょっとしてあなたがシャトーさん?」

 荷車の人が急にゴブちゃんに対し話しかけてきた。

「シャトーはこっち、私だよ。なにか用?」

「あ、ああ。えーと、チンジャオさんから頼まれて、チーブという村までこの荷車を運ぶんだけど、道案内を頼むよ」

「チンジャオから? 別にいいけど、なんで? いつもあの村を通ってるんでしょ?」

「いや俺たちは初めてだ。こないだ依頼を受けたばかりだよ」

「ふーん。そうなんだ。とりあえず行こっか」


 私たちは橋を渡りチーブの村へ向かう。ガーゴイルの谷にかかる橋で待ち合わせ予定だったが、チンジャオが言ってるならいいんだろう。

「チンジャオはチーブで待ち合わせでいいって? 何か聞いてる?」

「いや何も聞いてないよ。『谷の近くにいる、美しい女性の案内通り運べ』って言われただけだ」

 ……美しい女性!? 確かに私は美しいと言って特に差し支えないが、人に説明するときはさすがにまず〝大きい女性〟だ。現にこの運搬役は最初ゴブちゃんに話しかけた。まあゴブちゃんもまあまあ美しいので仕方がない。こうなると依頼者がチンジャオというのも怪しい。あのロリコンは私のことを美しい女性なんて絶対言わないはず。


「チンジャオってどんな奴だった?」

「実は直接会ってないんだ。彼の使いのドラゴンにそう頼まれて運んでるんだ。珍しく乱暴じゃないドラゴンだったよ」

 あの野郎め、やっぱり何か企んでやがるな。何を企んでやがる。待ち合わせ場所を変えた理由はなんだ? そうだな……きっと……何だろうな。……ふむ。さっぱり分からない。

 まあ伝言があったからには、移動していいんだろう。何もない場所で待つのは嫌だ。




 チーブの町に着くと、ハゲの青年に迎えられた。何度も来ているため、私はすっかり顔なじみだ。彼は村の用心棒的な存在だったはずだが、村長が逃げたため実質このハゲの若者が村を治めている。

「予定通り来たな。荷車を引いてこっちへ来い。宿へ案内する」

「何? 何か聞いてんの?」

「チンジャオからここで最大3日待機させるよう言われている。金ももらってるしな」

 周到すぎる。それに人見知りのチンジャオはこのハゲとほとんど話していないはずだ。

「あなた、チンジャオと絡みあったっけ?」

「ない。顔も覚えてない。チンジャオの使いの者から依頼を受け、金をもらったんだ。ガノという町から来た男だった」

 決まりだ。トカゲの野郎が雇った人間が来たんだ。どこまで根回ししているんだ。まさかうちの町まで〝使いの者〟をよこしているんじゃなかろうな。


 何をしているのか知らないが、自分だけでこっそり色々やりやがって腹が立つ。まあ、腹は立つが宿代も払ってもらっているなら、ゆっくりしよう。どうせ考えても何もわからない。




 意外にも、夜になる前にトカちゃん、チンジャオ、ミズナちゃんは帰って来た。

 トカちゃんは切り傷だらけ、チンジャオはお腹を負傷、ミズナちゃんは低体温症のような状態になっている。

 ミズナちゃんは立っていられない状態のため、すぐに寝かすことに。学生の女の子にこんなになるまで戦わせるなんて、こいつら男としてどうなんだ。


 チンジャオは、ミーティングだと称して、宿にいる私たちを外に連れ出し、荷車のところへ連れてきた。宿でやればいいじゃんと言ったが、打合せにはトカゲも出るから人目に付くといけないらしい。

「みんなお疲れさま。リンちゃん、シャトーも無事に帰れてなによりだ。まあ、俺たちは一戦交えたせいでこの通りだよ」

 そういってチンジャオはおなかをさすった。樹を奪って逃げる作戦は無事成功したが、トカちゃんの予想通り魔法軍団に襲われたそうだ。チンジャオはおなかを刺されたということで、服の隙間から包帯がのぞいている。どことなく得意げだ。


「そして、シャトーたちは動力の樹の運搬ご苦労だったな」

 何を言っているんだこいつは、何もしていない私たちへの皮肉か? 相変わらず性格の悪い奴だ。

「フフッ、『何を言ってるんだ』って顔してるな」

 チンジャオはゆっくりと荷車に近づくと、私とゴブちゃんが連れてきた荷車の布に手をかける。

「つまり……こういうことだ!!」

 布がめくれ上がると、中から木が現れた。木材などではなく、引っこ抜いた木そのものだ。それも異様にねじれている。これはまさか……〝動力の樹〟か?


「どうだ驚いただろ? 俺も戦闘後にトカさんに聞かされた時は驚いたよ」

 要は、チンジャオたちが運んでいたのはおとりで、私たちが案内した方が本物だったということか。

「へー、そうなんだ、なるほどね」

「え? なんか驚いてなくない? 敵味方全員をだましたんだぞ。すごくないか?」

「いや、よく考えたなとは思うけど、偽物を運んでる最中に襲撃食らったと知ったら、私ならなにより先にめちゃくちゃむかつくけど」

 チンジャオは黙ってしまった。一理あると思ったのだろう。しかしあれだけドヤ顔で荷車の布をめくっておいて、今更非難などできないだろう。


「いやシャトー、それにチンジャオも聞いてくれ。この偽物を使った理由は運搬者を特定させないためだけじゃないんだ。真の目的は首謀者を分からなくすることだ。少なくともパインツの連中には『どうやら元ドラゴン隊長がガノの誰かに頼まれてやった』と考えてもらいたかったんだ」

「そうだぞシャトー、作戦ってのは後のことまで考えて立てなきゃいけないんだ」

 なんでこいつが偉そうなんだ。

「ふーん、まあいいんじゃないの成功したのなら」

 チンジャオは一連の私のリアクションに不服そうだ。


「ミズナちゃんの回復次第だが、明日、俺たちの町タブリバーに運搬する予定だ。町に樹を持っていくタイミングでトカさんのことも町に紹介できればと思っているが、どこかで一度ミーティングは必要だな」

 そういや今回のパインツへの冒険で、この魔導師ウィザード様ミーティングの開催しか仕事してないな。町にチクろう。




 宿に戻ったが、お風呂もおいしい食べ物も娯楽も何もないのでもう布団に入ることに。チンジャオだけトカゲと野営すればいいのに私たち女性と同室だ。

 ミズナちゃんは依然ぐったりしている。チンジャオの話によると、焦って魔術を打ちすぎたということだが、それを止めるのがお前の役目だろうと説教してやったら、ほんの少しだけ反省していた。

 そういえば、町に帰ってトカちゃんが町に紹介されたら、うちのパーティはどうなるんだろう。まさか正式メンバーになんてことにならないだろうな。トカゲなんて入ったらもう人間は誰も入ってくれない……。何とかせねば……かっこいい戦士は絶対に入れたい……。まあでもその前にもう一度バヌーシュと……ぐぅ…………。




「………………オキテ、……シャトーオキテ」

 不意に体を揺すられたかと思ったら、ゴブちゃんの声がする。こんな真夜中に何なんだ……。

「……どしたの? トイレならその辺でいいよ……どうせこんな村全体が…………むにゃ……」

 眠すぎる……。

「ジケン、ジケンダヨ、シャトー。ワタシ『さーくる線状結界』ツカッテル。トカゲがアヤシイ。ナニカシテル。トカゲがヤバイ。アノヤロウ、ボコボコニスル」

 眠いうえに、片言なので何を言っているのかよく分からないが、めちゃくちゃ怒ってる。

「……落ち着いて、ゴブちゃん……今日はもう遅いから、ボコボコは明日ね? 寝よ?」

「チガウ! トカゲ! ヤバイ! イマヤバイ!」

 もう、何なんだ。分かったよ、起きりゃいいんでしょ。


 話を聞くと、要は、ゴブちゃんが眠るときに張っていた結界に、怪しい者かが引っ掛かったらしい。そしてそれはこの宿の近くで悪さをしているトカちゃんだとのこと。

 そんなことより、私の『サークル線状結界』を見てただけでいつの間にか覚え、私より範囲が広く感度もいいなんて、ちょっとショックだ。




 外に出ると、ちょうどトカゲたちが動力の樹を運び出すところだった。トカゲの他に、ドワーフの姿もある。荷車から移したらしく、神輿のように手で担いでどこかへ運ぼうとしている。

「ふぁああああ、トカちゃん、それどこに持っていくの?」

 トカちゃんは驚いた様子で、こちらを見る。表情からして、私たちが気づくのは予想外だったようだ。トカゲの表情など普通の人間には判別できないと思うが、私も付き合いが長い。平静を装っているが、次にどうするか、頭を高速回転させているところだろう。

「ここの森に植える。君たちの町までは持たない。枯れるよりはましだろう」

 ウソだな。

「ふーん。へー。こんな夜遅くにコソコソと? みんなに内緒で? とか聞いてもどうせ言い訳を考えてあるんだろうけどねー」

「すまんウソだ。だが、これが一番の方法なんだ。説明したい」


 ゴブちゃんが私の前に立つ。

「シャトー、シンジナイデ。シャトーはワタシがマモル。トカゲは、テキ!」

 ゴブちゃんの様子は真剣そのものだ。トカゲの巨体を前に若干震えており、本気で私を守ろうとしているのが分かる。

 トカちゃんの説明は聞きたい。私たちを裏切るにしても、樹をこのチーブ村近くの森に植えるなんて地味なことをするだろうか。しかし、ゆっくり説明を聞く暇はなさそうだ。寝つきの悪い神経質な男が来てしまった。


「トカさん、俺からも聞きたい。君は〝テキ〟なのか? こんなのは事前の打ち合わせにない」

 チンジャオの表情はキリっとしている。でろでろの寝巻き姿で威厳もなにもないが〝指導者リーダーとして――〟うんぬんとえらそうに言い出さんばかりだ。なんだか非常に面倒くさいことになってきた。あとは意見のある方だけでやっていただいて、私は宿に戻って眠りたい。

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