第32話 追手と時間稼ぎ
「トカちゃん、私は信頼してるからね」
信頼している……!? これはもうオーケーなのか? ついに俺は結婚相手として認められたのか?
……っと危ない。舞い上がっている場合ではない。それにこの雰囲気は、言葉通りに受け取ってはいけない感じだ。本心とは逆を表す人間特有の言い回しというわけだ。つまり、俺のことを信頼していないと暗に言っている。
俺の嘘はバレている。
シャトーのような人の説明をあんまり聞かず、自分の勘を頼りに生きているような者は非常にやりづらい。
それでも俺の言うことを聞いて、先に行ってくれた。もちろん、なんとしてでも行ってほしかったのはシャトーのためではある。パインツの魔法軍団に追いかけられるとなると、死ぬ可能性が高い。俺は人生でここまでのリスクを冒したことはない、それほどに危険だ。普通に考えれば、俺が死んだらあとはシャトーが生きようが死のうがもう関係ないから、別に一緒に行動してもいいようなものだが、シャトーだけは生きていてほしいと思ってしまった。この辺はかつての俺にはない考え方だが、そう思っている以上どうしようもない。
チンジャオとメスの子供にはついて来てもらって悪いが、もし死んだらちゃんと人間の作法で埋めるので許してほしい。
俺たちが急いだこともありパインツの領土を無事に抜けられた。
ここで運搬役を買って出てくれたドワーフとはお別れだ。彼らは本当におとなしくてまじめでいい奴らだ。ドワーフの隊長、〝暴力ジジイ〟がいなかったらきっと血なまぐさい事なんてしていないんだろう。人間にもドラゴンにも色々な奴がいるように、ドワーフにも色々な奴がいるのだ。
ガーゴイルの谷まではあと少し、谷にかかる橋を越えてしまえば、もう俺たちを捉えるすべはない。
と、思ったら前方に敵だ。やっぱり現れやがった。マントとフードで顔は見えないが、その服は戦場で何度も見た覚えがある。あとは何の魔法使いか、だ。
「言うまでもないが……その荷物を置いていけ。3……」
「みんな伏せろ!!」
「2……『
せっかちな奴らだ。3カウントくらい待てないのか。
魔法軍団は俺たちの進行方向に現れた。俺たちを見つけ、追い越してから姿を現したということだ。
軍団長は1人だけで、あとは部下が4人ほど。思ったより少ないのはスピード重視で追ってきたからだろう。進行方向はふさがれているし、奴らの得意な遠距離攻撃ができる開けたフィールドだ。なんとかやりすごす方法を考えるしかない。
「『
ミズナとかいうメスの子供がいきなり魔法を放った。俺たちの前に炎の壁ができる。判断の速さは悪くないが、開けたフィールドでこの魔法は意味がない。
炎の壁の向こうで声がする。
「降参は〝ナシ〟ってことでいいんだな!? 荷物さえおいて今すぐ逃げれば助かるかもしれないぞ!?」
足音がする。炎の壁を回り込んでくる気だ。
魔法軍団は遠くから攻撃してくるだろうから、俺の間合いにはならない。だが刃物をちらつかせておくことは重要だ。俺は剣を抜く。
「はぁ……はぁ…… トカゲさん待って、私の魔術、まだ途中なの。はぁ……『
炎の壁が勢い良く崩れる。崩れるというよりは爆散といった方が正しい。当たっていれば、近寄ってきた奴は丸焦げか、身がえぐれたかしているだろう。
ミズナはというと、鼻血がボタボタと垂れ、無数の血管がくっきりと顔に浮かんでいる。自分の限界を超えて魔法の詠唱をしているからだ。
「はぁ……ゲホッゲホッ……多分あと3人くらいだよね。私の雷、3本までなら出るようになったから待ってて……でも1人は残さないと……だってさっきの……ゲホッ……風の魔術……ゲホッ、グエッ、ペッ、オエッ」
鼻血が喉に入ったのだろう、血を吐いている。ひどい顔でぶつぶつ言っているが大丈夫かこいつ、頭。
それに炎と爆発と雷という、違うタイプの魔法をこんな短時間で詠唱して大丈夫なのか。あちらの魔法軍団ですらそんな危険なことしないぞ。
「ハァハァ……見ててよトカゲさん、私の雷。…………………………痺れて死ねえぇえええ!! 『
バリバリという轟音と共に雷が出る。
「ハハハ! どうだ! ハァハァ、ゲホッ、オエッオエッ、見たか……私の…………かみな……り……」
ひどく充血した白目をひんむき、鼻血とゲロのようなものをだらだらと流したまま倒れてしまった。なんだ、やっぱり連続詠唱は無理なんじゃないか。めちゃくちゃしやがって。
煙が引く。結局何が誰に当たったのかよく分からないが、敵の3人が倒れ、2人が残っている。
チンジャオはというと自分に防御魔法をかけ、俺の後方で構えている。どうやらシャトーの町は男より女の方が肝が据わっているらしい。もっともこの子供は度胸があるというよりは、単に頭がおかしいだけという感じだったが。
「チンジャオ、この女の子供を連れて下がっててくれ。後は俺が何とかするよ」
「わ、わわ、わかった。バックアップは任せてくれ」
そう言ってチンジャオは子供を背負い、よたよたとはるか後方に下がる。
「よくも俺の部下を……貴様ら滅茶苦茶しやがって」
同意見だ。
「許さんからな。『
俺の皮膚が切れ、血が出る。厄介な魔法だが、距離と共に威力は落ちるため、近づきさえしなければ致命傷にはならない。ここまでは悪くない展開だ。残っているもう1人の敵が気になる。風の刃を打ってくる方が幹部だが、魔法軍団は部下も強い。
魔法軍団のもう1人がフードとマントを脱ぐ。手に短刀を構えた女だ。俺は剣を構えなおす。剣の勝負であんなのには負けないが、魔法使いだけに何をしてくるか分からない。
短刀の女はニヤッと笑ったかと思うと、猛スピードで俺の横をすり抜け、後方のチンジャオの方へ。
あっ、ダメだこれ。
声をかける間もなく、短刀がチンジャオの腹に刺さった。風の力で走力を大幅に上げたんだ。そんな魔法の使い方があるとは。
「…………なんで……俺? うぐっ……」
チンジャオは倒れて動かなくなってしまった。剣さえ構えていれば突っ込まれなかったかもしれないのに、彼はいつも危機感が足りない。
「チーフ! こいつら殺していいですか!?」
「男の方はリーダーだ、生きてるなら生かせ。女の方は殺していい」
「…………へへ……私を殺す? 私は、こんなところで死なない……! 絶対に……!」
動けないミズナに対し、敵は短刀を振り上げる。
助けに向かいたいが、距離的に間に合わない。2人には悪いが、仕方ないな……。
「私は……ふへへ、あなたの風で走るやつ……それ絶対……あとで覚えるから! 絶対!! トカゲさんいいよ! 思っ切りやって!!」
前言撤回、ミズナ、君はしっかり肝も据わってるよ。俺が何をしようとしてるかよく分かってる。
「しっかり地面に張り付いてろよ2人とも…… 『雷のやつ!!』」
轟音と共に3人に雷光が落ちる。敵も味方も3人とも完全に動きが止まったが、まあ死んではいないだろう。チンジャオに限っては出血量次第でそのまま死ぬ可能性があるが、見に行く余裕はない。彼を信じよう。彼の運を。
これで残るは〝チーフ〟のみだ。
普段こいつら魔法軍団とは森の中でしか戦っていない。だからこいつらは炎や雷の魔法に対応できていない。幸運だった。風使いが追ってきたのも、こいつらが一番速いからだろう。裏を返せば応援が来るまでもう少し時間があるということ。そこまで1対1だ。ミズナには感謝しなければならないな。
「さて、〝チーフ〟さんよ、俺とサシでやるか? 悪いが俺が1対1で負けたのは人生で一度だけだ」
「『
俺が近づかないように、風魔法を打ってきてうっとうしい。これを倒すのはしんどいな。
「時間稼ぎがしたいってことは、応援が来るのか? 誰が来るんだ? エビか?」
「答えるわけがないだろ。どうせお前らが盗んだあのデカい荷物を持って帰らなきゃいけないから応援は要る。どうも方向から言って、お前らはガノの町に持っていくんじゃなさそうだが、そんなものどこに持っていく気だ?」
「お前に答える義理はない。だが、見逃してくれたら教えてやってもいいぞ?」
「誰が見逃すかよ。いつから計画してたか知らんがまんまと盗みやがって。しかしドワーフどもがお前らなんかの言うことを聞くとはな。やっぱりモンスターとモンスターは友達ってわけだ。だから俺は反対だったんだよ。動力の樹なんて適当に燃やして、ガノと人間同士だけで仲良くすべきだってな。おっと! 『
さすがに魔法軍団の隊長クラスともなると隙がない。
「お前ら人間にとってはドワーフも完全にモンスター扱いなのか? 俺からしたら人間みたいなもんだが」
「人間は人間、それ以外がモンスターだ」
「そうか。あいつらドワーフは仲間思いだから、人間に近いのかと思ったぜ。仲間を何匹かとっ捕まえて脅したらすぐいうこと聞いたもんな。あ、でも人間はそこまで仲間思いでもないか。割とすぐ裏切るから」
「そうやって俺を怒らせて、バトルに持ち込もうとしてるんだろうが、そんな手には乗らない。打算ドラゴンさんよ」
そのダサい通り名パインツの連中みんな使ってんのか。ちょっとショックだ。
「でもやっぱり君ら人間はモンスター嫌いなんだな。ガノの剣士とかもめちゃくちゃ嫌ってたよ。そんな嫌いな奴の力を借りてまでこの動力の樹が欲しいのか?」
「お前らみたいに社会を作らない連中には分からんだろ。あれがあれば人が集まり、町ができ、物や技術や情報が集まり、さらに人が集まり、さらに町が大きくなる。それを望む人間がいるってことだ」
「へえ、じゃあお前は樹なんて燃やしていいと思ってるのに、好きでもないドワーフやエビと一緒に頑張ってるわけか。ご苦労なことだな」
「煽ってるつもりだろうが、それに関しては返す言葉もない。全くもってその通りだ。だが、ガノがお前みたいなモンスターを使う以上、ある程度仕方ないというのは理解している。いくら人間が強力な魔法を覚えようが、お前みたいなのと肉弾戦なんてできない。モンスターにはモンスターしかない」
「なるほどな。ただモンスターを使いだしたのはパインツが先だと聞いてるぜ。俺たちドラゴンは少なくともそういう説明を受けた。俺たちにとっては――」
「『
近寄ってもいないのに魔法を打ってきた。
「お前何か企んでるだろ!? いくらなんでもこっちの時間稼ぎに付き合いすぎだ。こんな無駄話する暇があったら、その分厚い脂肪を生かして突撃できたはずだ。つまりお前も時間を稼ぎたい……? なぜ?」
さすがに人間の中でも頭を使うタイプの人種は違う。バレてしまった。
だが、十分に時間を稼げた。別にもういい。
「気づかれたか。ではバレてしまったからにはその答えを教えよう。だがその前に1つ聞きたい。お前への指令はなんだ? 樹の奪還か? 樹を盗んだ奴の抹殺か?」
「お前に答える義理はない」
「そうか、じゃあ自分で考えてくれ。別に俺は――」
「〝樹の奪還〟だ。あとは誰を殺そうが自由にしていいと言われてる」
せっかちな奴だ。
「オーケー。では見せよう」
俺は荷車のところへ行き、布を取る。
現れたのは木材、生きている樹ではなく、適度にカットされた普通の木材だ。
「…………やりやがったな。動力の樹をどこへやった?」
「詳しくは知らん。さあどうする? 奪ったやつはどこへ行ったんだろうな?」
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